第31話 ボランティア活動⑥

 イグニスは歯を食いしばり、きたる衝撃に備えていた。しかし、いつまで経っても来るはずの衝撃を感じる事はなかった為、不思議に思ったイグニスは恐る恐る顔を上げる。


「マリウス先生!」


 見慣れた黒い機体が現れたのを見て、イグニスの表情が一気に和らいだ。モニターをよく見ると悪魔からの攻撃から守るように、ビットを展開してくれていたのだった。


「皆、そのまま動かないでね」


 マリウス先生が注意を促すと、両手に持っていたランチャーを構えた。そのままトリガーを引くと細い高濃度のエネルギー線が敵を正確に撃ち抜く。


 元々弱っていた敵は悲鳴を発する事なく、完全に蒸発してしまった。


「……オールクリア。皆、僕が来るまでよく持ち堪えたね。本当に頑張ったよ」


 マリウス先生は皆に労いの言葉をかけてくれた。

その言葉を聞いて安堵したイグニスは〝グルヴェイグ〟を操縦し、〝アストランティア〟の元へ向かった。


『おい、イグニス! どこへ行くつもりだ!?』


 父さんの言葉を無視して、イグニスは〝グルヴェイグ〟のコックピットの扉を開き、躊躇う事なく外へ出た。


 機体を蹴り出し、〝アストランティア〟がいる方へ向かうと、胸部に備え付けられているコックピットの扉がゆっくりと開き始める。


「えっ……ちょ、嘘だろ!?」


 まさか、このタイミングで〝アストランティア〟のコックピットの扉が開くとは微塵にも思っておらず、イグニスは格好悪くソフィアの胸の中へ飛び込む形になってしまった。


「悪い、ソフィア! 大丈夫か!?」


 変な意味でのトラブルはなかったが、ソフィアは何も返事をしないまま、ずっと俯いたままだった。


「お、おい。本当に大丈夫か?」


 イグニスは少し屈んでソフィアの顔を覗き込み、心配そうに様子を伺う。


 もしかしたら、初めての〝悪魔〟との戦闘に怖気付いてしまったのかもしれない。そうであれば、もっと気の利いた言葉をかけてあげないと――。


 考えた末、声をかけようとした時だった。


 いつの間にかソフィアは顔を上げており、子供のように目を輝かせながら、イグニスの手を強く握っていたのだった。


「凄いわ、イグニス君!! あの攻撃は一体、何!? これまでにいろんなヴァルキリーを見てきたけど、見たことのない攻撃だった!! さっきの攻撃はどうやってやったの!? 早く教えて!!」


 イグニスは数秒間、口を開けたままの表情になった。しかし、その後すぐに苦笑いになる。


 双子の姉であるアメリアがプログラミングの天才であるように、双子の妹であるソフィアは操縦の天才と言われているのだ。そんな彼女が先程の〝グルヴェイグ〟の攻撃や性能を見て、興味を抱かないはずがない。


 ソフィアの元気な様子を見て、イグニスはホッと胸を撫で下ろしたのだった。


「わかった、わかった。明日、ちゃんと教えるから、そんなにがっつくなよ」

「明日は駄目! と、とても大事な日だから……」


 頬を赤らめながら言うのを見て、イグニスは「なんでだよ?」と怪訝そうに首を傾げる。


「明日は前夜祭だもの。だから行けないわ」

「前夜祭? あー、そういえば明日から前夜祭だっけ?」


 イグニスは思い出したかのように言う。


 前夜祭では有名なお店が出店したり、有名人がイベントを盛り上げに来てくれたりと、祭りを大いに盛り上げてくれるイベントが多いのだが、恋人同士が行くような催し物がズラリと並んでいる為、イグニスは行った事がなかった。


「誰かと前夜祭に誘われてるのか?」


 イグニスが何の考えもなしに聞くと、ソフィアは「もう本当に鈍いんだから……」と少し呆れ気味に溜息を吐いた。


「私、イグニス君と前夜祭に行きたいの」

「……へ? 俺と前夜祭に?」


 何を言われているか分からず、理解するまで数秒を要してしまった。


 ソフィアの様子を伺うと、彼女の顔全体が真っ赤に染まっていた。どうやら恥ずかしいらしく、イグニスと一度も目を合わせてくれていないが、少し涙目になっているような気がする。


「……?」


 ここでイグニスは動揺して固まってしまった。

ソフィアの心を意図的に読んだわけではなかったのだが、彼女の想いが頭の中に流れ込んできたからだ。


(ど……どどど、どうしよう! イグニス君がさっきから黙り込んで何も言ってくれないわ! もしかして、迷惑だった!? 友達と先約があったりするのかしら? そ、それとも……他に好きな人がいるから迷ってるとか? もし本当にそうだったら、私――)


 ここでソフィアとバッチリ目が合ってしまった。


 イグニスがどうして黙り込んでいるのか全てを悟ったのだろう。照れ隠しをするように、ソフィアは反射的にイグニスをグーで殴っていた。


「ギャッ!? い、いきなり何すんだ!?」

「人の心を読むなんて反則技を使うからよ! 本当にデリカシーのない人ね! バカバカバカ!」


 ポカポカと殴り続けてくるソフィアの拳をイグニスが受け止めながら、「し、仕方ないだろ! コントロールが効かないんだからさ!」と申し訳なさそうに言うと、ソフィアは殴るのをピタリと止めた。


「……それでどうするの? 一緒に行ってくれるの?」


 少し不貞腐れた様子で言うソフィアを見て、イグニスも心臓のドキドキを抑えながら、「ソフィアは俺と行きたいんだよな?」と声をかける。


「う、うん……。イグニス君と行きたい」

「それじゃ、一緒に行こうぜ。俺、前夜祭は行った事ないし、前から興味はあったんだ」

「ほ、本当!? 私と一緒に行ってくれるの!?」


 ソフィアの目がキラキラと輝きだしたのを見て、「お、おう……」とイグニスは顔を赤くしながら返事をしたのだった。


「おい、二人共。俺の事、忘れてるだろ?」


 急に現れた〝フォルセティ〟を見て、イグニスとソフィアがハッと我に返った。二人の反応を見て、ヘリオスはわざと大きな溜息を吐く。


「はいはい、お邪魔虫はさっさと退散する事にするよ。後は二人で好きなだけイチャイチャしててくれ。じゃあな」


 ヘリオスが〝フォルセティ〟を操縦し、二人に背を向ける。それを見たイグニスとソフィアはギャーギャーと騒いでいた。

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