第27話 ボランティア活動②

「こんなもんで良いか?」


 〝グルヴェイグ〟の後ろにゴミを詰め込んだ磁気網が雛鳥のように付いてきていた。イグニスはそれを手繰り寄せ、班長であるヘリオスにデータを送る。


「へぇ、十トンか。頑張って集めたな」

「そこら中にあったからな。限界ギリギリまで詰め込んだら、こんな量になっちまったんだよ」


 イグニスは小さく溜息を吐き、モニター越しに手に持っていた大量のゴミを見やる。磁気網の中には、大量の鉄屑達が一つの小惑星のようにまとめられていた。


(言えない……。悪魔の肉片だけは集めなかっただなんて口が裂けてもいえない! こんな事を二人に……いや、ソフィアに聞かれたらなんて言われるか!!)


 どうしても悪魔の死骸を集めるのが嫌だったイグニスは、ヴァルキリーの壊れた部品や鉄屑ばかりを集めていた。


 ちなみに父さんからは、『そんなに回収するのが嫌なら、せめて焼却しておけよ。アイツら不思議生命体だからさ』と助言してもらっていたので、〝グルヴェイグ〟を使って、宇宙空間に漂う肉片を消し炭にして回っていたのだった。


「おかえりなさい、イグニス君。十トンなんて私が集めたゴミに比べたら、まだまだ軽い方ね」


 モニターに映し出されたソフィアのドヤ顔を見て、「そういうソフィアはどれくらい集めたんだよ?」とイグニスはムッとした顔で聞く。


 すると、ソフィアは〝アストランティア〟を操縦し、ゴミがたくさん詰まった磁気網を二つ手繰り寄せ、収集したゴミのデータを送ってきたのだった。


「私は貴方の二倍の量を集めたわ。しかも、貴方よりも時間をかけず、効率良くね!」


 自慢気に語るソフィアを見て、イグニスは「俺よりもゴミを集めたくらいで偉そうに言ってんじゃねぇよ!」といつもの調子で言い返す。


 すると、ソフィアはフフンと鼻を鳴らした。


「あら、逆ギレ? そんなだから私に勝てないのよ」

「それは関係ねぇだろ! つーか、最近は勝ってる方だし!」


 いつものように言い合う二人を見て、ヘリオスは「水を差すようで悪いんだが……」と話を切り出し、二人のモニターにある数字を表示させた。


「俺はイグニスの三倍は集めたぞ」


 表示された数字は約三十トン。その数字を見た二人は「えっ!?」と同時に声をあげる。


「一人で三十トンも集めたのか!?」

「まぁな。もっと集められたんだけど、俺のせいで他の奴等がノルマ達成できなかったら、どうしようかと思ってさ。ま……二人共、痴話喧嘩さえしてなかったら俺の記録に並んでたかもしれないな」


 それを聞いた二人は何も言えずに悔しそうな表情になった。


『はいはい、お喋りはそこまで。皆、ちゃんとノルマ分は集められたかい?』


 タイミング良くマリウス先生から通信が入った。

マリウス先生はいつも通り〝ヒルディスビー〟に乗っていたが、ニコの声は聞こえてこなかった。


 マリウス先生曰く、ニコは恥ずかしがり屋の照れ屋さんなうえに、極度の人見知りなのだそうだ。基本的に生徒達が側いる時や知らない人が近くにいる場合は一言も話さないらしい。


 だから、どうしても相手にメッセージを伝えたい時は、モニターの隅っこの方に『頑張ったね、イグニス!』とメッセージを送ってきてくれるのだ。


「はい、先生。俺が率いる班は想定のノルマよりも多めに集める事ができました」


 班長を務めたヘリオスがデータをまとめてマリウス先生に送る。すると、『わっ、本当だ! 凄い量だね!』とマリウス先生が驚いていた。


『うーん、どうしよう。このボランティアって帰ってからが本番なんだよねぇ……』

「マリウス先生、帰ってからが本番ってどういう意味?」


 イグニスが班を代表して聞くと、マリウス先生は『あー、実は……』と申し訳なさそうに話し始めた。


『豊穣祭の影響でたくさんの企業が駆り出されてるっていう事情は知ってるよね?』

「うん、それは皆知ってるよ」


 マリウス先生は『いいかい? 落ち着いて聞いてくれよ?』と三人に前置きし、続きを話し始めた。


『一応、これはボランティアが前提なんだ。まさか君達が――いや、が、ここまでの量を集めて来るだなんて思ってなかったんだよね』


 マリウス先生が視線を逸らしながら言うのを見て、ソフィアは何かを察したようだった。


「まさか……その後の処理って、私達がしないといけないんですか?」


 イグニスとヘリオスがギョッとした表情に変わる。すると、マリウス先生は申し訳なさそうに謝ってきた。


『本当にごめん、僕の説明不足だったよ。集めたゴミの処理は自分達で処理する事になってるんだ。ゴミの分別をして業者に持って行くところまで全部……』


 イグニスとソフィアは納得できず、「「はぁぁぁぁ〜〜!?」」と叫んでいた。ヘリオスに至っては自分の顔を両手で覆い隠し、ショックを隠しきれずにいる。


 普段、何事にも動じないヘリオスがそうなるのも無理はなかった。イグニスが十トン。ソフィアが二十トン。ヘリオスが三十トン。合計六十トンものゴミを集めてしまったのだから。


 処理するのに何時間……いや、何日かかるか分からない。そうなってしまえば、授業にも年に一度の豊穣祭に参加する事も叶わなくなってしまう。


 イグニスは必死にマリウス先生に訴え始めた。


「マリウス先生、どうにかしてよ!」

『そうしてあげたいのは山々なんだけど、集めたゴミを不正に廃棄するのは法律違反になっちゃうんだよねぇ。不法投棄罪に宇宙船進路妨害罪になったりすると、大金を支払わなくちゃいけなくなるんだ』


 マリウス先生は珍しく困った顔になっていたが、暫くしてから『……良い事を思い付いた』とマリウス先生は口角を上げた。


『ヘリオス君が送ってくれたデータを確認してたんだけど、ヘリオス君とソフィアちゃんが集めたゴミの大半が悪魔の死骸っていうのが分かったんだ』


 ヘリオスはマリウス先生が何を言いたいのか察しがついたようで、「悪魔の死骸はここで焼却すれば良いって話ですよね?」と聞く。すると、マリウス先生は『正解だよ』とにこやかに答えてくれた。


『悪魔の死骸は焼いて灰を宇宙に廃棄してるからね。これで二人のゴミは八割くらい減らせると思うんだけど……』


 マリウス先生の声音を聞いたイグニスは、とてつもなく嫌な予感がしてドキッと心臓が跳ねた。モニターに映るマリウス先生がイグニスとデータを交互に見ながら苦笑いしていた。


(ちくしょう! やっぱり、格好付けて誤魔化すんじゃなかった!)


 イグニスは頭を抱えてしまうのだった。

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