第26話 ボランティア活動①

 イグニスが所属しているAクラスは中等部から進学してきた者が殆どで、残り一割は他の宇宙船から交換留学生として学園に編入してきている。


 豊穣祭を目前に控え、ボランティア活動の一環で宇宙空間に漂っている宇宙ゴミを回収すべく、パイロット科の者達は各班に分かれて清掃作業を行っている最中だった――。


「なんだよ、このゴミの数は……」


 イグニスは目の前に広がる大量のゴミを見て、やる気が失せてしまった。


 それもそのはずで、宇宙ゴミの大半は十四年前の戦闘で残った鉄屑や壊れたヴァルキリーが殆どだったからだ。


 しかも、中には〝悪魔〟と思しき肉片も干からびた状態で漂っている。イグニスはそれが気持ち悪くて仕方がなかった。


「あれ絶対肉片じゃん! これボランティア活動だよね!? 俺、死体拾いの仕事なんて引き受けた覚えなんてないんだけど!?」


 イグニスが嫌だー! と叫んでいると、首に下げていたオーブから父さんの声が聞こえてきた。


『ゴミも肉片も変わらないだろ。ただ回収して捨てれば良いだけの簡単なお仕事だ。そんな泣き言を言わなくても良いと思うんだが』


 さっきから何を言ってるんだ? というような口ぶりに、イグニスは自分の思いを吐き出し始めた。


「めちゃくちゃ変わるよ! ただのゴミならいいけど、肉片だよ!? 生々しいじゃん! ほら見てよ、あの銀色の雫をさぁ!」


 宇宙空間に漂っている〝悪魔の血液〟に向かって指をさすと、『それがどうかしたのか?』という返事が返ってきた。


『ったく、最近の子供は潔癖症すぎだな。害虫が殺せないだけで、ギャーギャー騒ぐんだからよ』


 イグニスが何も言い返してこなかったので、『もしかして、虫も殺せないのか?』と聞いてきた。


「綺麗にするのが当たり前だって、小さい頃からマリウス先生に教わってきたんだ! そもそも虫自体を見た事がないから、どういう形をしてるのかわからないんだよ……」


 イグニスのセリフを聞いた父さんは、なんとなく普段の生活を想像できたのか、『あぁ、成程ね』と納得したようだった。


「父さんはどういう生活をしてたんだよ? 虫が湧くようなだらしない生活を送ってたのか?」

『そんなわけないだろ。料理はしないから虫なんて湧かないし。それに……俺にはサクラがいたから、そういう面で困る事はなかったな』


 父さんは自慢気に言った。これは最近わかった事だが、父さんは母さんの事が心の底から大好きらしい。今のように母さんに繋がる話題を出すと、デレデレとしながら話し始めるのだ。


 こうなると話が非常に長くなるので、イグニスはどう話を切り上げようか悩んでいると、いきなりコックピット内に電子音が鳴り響いた。


「ちょっと、イグニス君! 自分のお父さんと喋ってばかりいないで、手を動かしなさいよ!」


 通信相手はソフィアだった。


 モニターにも〝アストランティア〟の姿が映し出され、特殊な磁気網の中に集めた宇宙ゴミを連れて飛んでいる。その中にはイグニスが気にしていた〝悪魔〟の肉片と思しき塊が入っていた。


「お前、その肉片を見て何も思わないのか?」

「別になんとも思わないわよ。むしろ豊穣祭を控えてるのに、宇宙空間に謎の肉片が浮いてる方が不快じゃない。見て見ぬフリをしてる方がどうかしてるわ」


 フンとそっぽを向いたソフィアに対し、父さんは豪快に笑い始めた。


『ハッハッハッ! イグニスも女の子に負けないように頑張らないとな!』

「くそ、仕方ねぇ。やるしかねぇか……」


 イグニスが操縦桿を握り直すと、別の通信が入った。システムを操作すると、同じ班で班長を担っているヘリオスの顔が映し出された。


「二人共、進捗はどうだ?」

「あー、それが……」


 イグニスが言葉に詰まっていると、ソフィアは「大丈夫。私は順調に集めてるわ」と先に報告した。


「そうか、ロスヴァイセはその調子で頼む。イグニス、お前は?」

「……これから集める予定です」


 イグニスが言いにくそうに言ったのを見て、「どうせ二人で痴話喧嘩でもしてたんだろ?」とヘリオスはニヤリと口角を上げながら言う。


 それを聞いたイグニスとソフィアは、「違う!!」と同時に否定した。だが、あまりにも同じタイミングで声が重なってしまったので、二人は驚いて顔を見合わせてしまった。


 そんな二人の様子を見て、ヘリオスは軽く吹き出す。


「二人共、本当に仲良いよなー。是非とも馴れ初めを聞きたいもんだ」

「そ、そういう貴方の方はどうなのよ!?」


 ソフィアが恥ずかしさを隠すように喧嘩腰で聞くと、ヘリオスの操縦するヴァルキリーが、〝グルヴェイグ〟と〝アストランティア〟の前に現れた。


 ヘリオスが操縦しているのは〝フォルセティ〟という名前で、紺色のボディカラーが特徴のヴァルキリーだった。


 交換留学生であるヘリオスはノースユナイテッド出身で、〝フォルセティ〟も故郷で作られた物だという。


 〝フォルセティ〟は磁気で作られた網を手繰り寄せ、山のように詰め込まれたゴミを二人に見せびらかした。


「もうノルマ分はこなしたけど、まだ続けるつもりだ。別にそのまま痴話喧嘩に明け暮れてもいいけど、背後で監視してるマリウス先生が黙ってないと思うぜ?」


 後方を見たヘリオスにつられて、二人はマリウス先生がいるであろう方向を見つめる。


 姿は見えなかったが、こちらの行動を監視されてような気がしたので、二人は慌てて持ち場に戻ってゴミ集めを再開したのだった。

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