不穏な気配

第25話 父の命令《ヘリオスside》

「彼等は随分と楽しい学校生活を送ってるみたいだな」


 軍服を着た男は手に持っていた煙草に火を着け、心底興味がないように言う。


 タン、タンと指先で机を叩き、先日行われたイグニスとソフィアの模擬戦の記録をバーチャルモニターで眺めていた。


「二人は学生だからな。こういう娯楽も必要だろ」


 男の問いかけに答えたのは、二人と同じAクラスに所属しているヘリオス・シュヴェルトライテだった。


 ヘリオスは深青色の髪を持ち、涼しげな目元と左目にある涙ぼくろが特徴の交換留学生だ。アークス高等専門学園の制服には青と白のリボンに鷲が翼を広げた銀色の勲章が着けられている。


 ヘリオスの言葉を聞いた男は煙草を吸い、口から白い煙を吐き出した。


「まぁいい。今回、貴様にその勲章を与えたのは色んな場面で動きやすくやすくする為だ。シンラ・イグニス及び、マリウス・焔・イクシードの動向は必ず報告しろ。どんな些細な事でもだ」


 その命令にヘリオスは微笑を浮かべながら、「どんなに些細な事でも、ね」とわざとらしく肩をすくめた。


 どうして、二人の動向を探る必要があるのか分からなかったが、ヘリオスは軍人なのだ。多少の疑問があったとしても、上官の命令には黙って従うしかできない。


「なら、学園の生徒会にでも立候補してイグニスを生徒会に引き込もうかな。そしたら、イグニスに近付くのも不自然に思われないだろうし。アスガルドには豊穣祭ってお祭りもあるみたいだから、仲良くなれる方法はいくらでも――」

 

 そこまで言うと、男は拳を机の上に叩きつけた。

ガンッ! という音がバーチャルモニターの向こうから聞こえ、剣山のように突き刺された使用済みの煙草が机の上に転がるのが映る。


「ふざけるのも大概にしろ。誰のお陰で勲章を授与されたと思っているんだ?」


 男の問いにヘリオスは澄ました顔で、「……閣下のお陰です」と答える。


 すると、男はわざと聞こえるように舌打ちをし、持っていた煙草を荒々しく灰皿に押し付けた。


「わかっているならそれで良い。本来なら貴様のような出来損ないには与えない勲章だ。この勲章は貴様の兄が持つべき勲章の一つだったのだ。どうして、お前が――」


 突然、バーチャルモニターの映像が消えてしまった。原因は誰かが部屋に入って来ようとしているからだと気付いたヘリオスは、椅子を半回転させて扉の方に向ける。


「クェーー!!」


 部屋に入ってきたのは、ヘリオスがペットとして飼っているオウサマペンギンのジャックだった。


 ジャックは兄が宇宙船・アンタクティカを視察した際にお土産と称し、オウサマペンギンの卵を家族に内緒で持ち帰ってきた事がキッカケで家族の一員となったのだ。


 ジャックはペタペタと足音をたてながら近付き、ヘリオスを見上げて敬礼をした。


「なんだよ、ジャック。父さんの心無い言葉なんかに耳を貸すなって言いたいのか?」


 ヘリオスが聞き返すとジャックは頭を上下に激しく振り、両手をパタパタと動かしながら「クエッ!」と答えた。


「お前は察しの良い奴だな。でも、俺は父さんの言葉なんて全く気にしてないんだ。父さんの言う通り、兄さんがいてくれたらって思う時がたくさんあるんだよ」


 ヘリオスはジャックの首輪に手を伸ばす。その先には昔、兄と一緒に作った『JACK』と彫られた歪で色褪せた銀のプレートがあった。


「母さんが亡くなってから父さんも人が変わっちまったように仕事しているし、兄さんも数年前にいなくなっちまった。俺が家族って呼べるのはお前だけだよ、ジャック」


 ジャックは「クェェ……」と悲しげな声を発する。まるで、その様子はヘリオスに同情しているかのようだった。


「ま、細かいところを気にしても仕方ないさ。俺も軍人なんだし。犬みたいに尻尾を振って上官の命令を聞かないと、ジャックの大好きなイカも買えないしな」


 イカというワードを聞いたジャックは「キュワーーーー!!」と両手をバタつかせて興奮し始めた。


 その反応を見てヘリオスもつられて笑う。


「そうと決まれば、先ずはあの二人と仲良くならないと。さぁ、どっちから懐柔していこうかな」


 ヘリオスはアークス高等専門学園に入学してから撮ったクラス写真をバーチャルモニターに表示し、イグニスとソフィアの顔を一枚ずつ拡大したのだった。

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