第24話 姉妹の気持ち

 〝グルヴェイグ〟から降りたイグニスはソフィアと握手を交わした。


「まさか、イグニス君に負ける日が来るだなんて予想してなかったわ! しかも〝アストランティア〟に乗って負けるだなんてとっても悔しい!」


 ソフィアはとても悔しがっていたが、イグニスは心の中で100敗を記録しなくて良かった……と安堵していたのだった。


「いい!? 次に対戦する時は今よりも強くなってから挑むんだから! 次こそ私が勝つわ!」

「おう、望むところだ。次もが勝ってみせるぜ」


 この会話を聞いた者達からすると、どうしてイグニスがという言葉をチョイスしているのだろう? と疑問に思っているに違いない。


 だが今回、イグニスが初めて〝グルヴェイグ〟を操縦し、父さんのオーブを使って一勝をあげたのだ。俺達の勝利という表現を使っても差し支えないとイグニスは判断したのだった。


「そういえば、模擬戦で勝ったらお金が欲しいって言ってたわよね?」


 いつも連戦連敗していたので、イグニスは「あー……そういえば、そんな内容だったな」と思い出したように言う。すると、ソフィアは呆れたように小さく溜息を吐いた。


「もしかして、賭けの内容を忘れてたの?」

「俺、いつも負けてばっかりだったろ? 勝つのに必死で忘れてたんだ」


 アハハ……とイグニスが笑っていると、ソフィアは何かを思い出したように腕に着けていたデバイスを操作し始めた。


 0がいくつも付いた請求書が宙に浮かび上がる。

内訳と0がいくつも付いた金額がいくつも並んでおり、合計額には天文学的な数字が記載されていた。


「なんの請求書だ?」

「貴方の機体にかかった修理費用よ」

「はぁ!? しゅ、修理代!?」


 イグニスは請求書を二度見してしまった。


 ソフィアのデバイスを覗き込むと、合計金額が1億ドルと表示されていたので、イグニスは頭が真っ白になってしまい、持っていたヘルメットを落としそうになってしまう。


「む、無償でやってくれてたのかと思ってた……」

「そんなわけないでしょ。主にお金が掛かってるのが、システムをアップグレードした費用みたいね。後は十四年前の交戦で傷付いた部品やフレームに掛かった修理費用よ。あなたの機体、普通のヴァルキリーには使われていない材質を使ってるんだもの。これくらいはかかって当然ね」


 ソフィアが簡単に説明してくれたが、会話が全く頭に入って来なかった。


 両親が遺してくれていたお金があるとはいえ、それで完済できるはずもなく、人一人が頑張って稼いでなんとかなるような金額ではない。


 ――。


「くそ! 俺には〝悪魔祓い〟で稼ぐしか道は残されていないのか!?」


 〝悪魔祓い〟とは読んで字の如く、ヴァルキリーに乗って悪魔を退治する仕事だ。


 主に軍がやる仕事ではあるのだが、最近は人手が足りないらしく、学校にも比較的簡単な〝悪魔祓い〟の依頼が来ていると噂になっていた。


 軍からの依頼なので報酬額もかなり高いが、依頼の難易度が上がれば敵の強さも上がっていく。つまり、学生でも死ぬ可能性があるというわけだ。


「ハァ……。一難去って、また一難かよ……」


 イグニスはガックリと肩を落とした。


 この展開には父さんも『俺も身体が元に戻ったら、協力するから』と言ってくれたが、これからどうすれば良いのだろうか。


「そんなに落ち込む必要はないわ。私も返済するのを手伝うから」

「は? 返済を手伝う?」


 それを聞いたイグニスは頭上に疑問符がいくつも浮かぶ。


「なんでそんな提案をしてくるんだよ?」と怪訝そうな顔で聞くと、ソフィアは少し頬を赤く染めながら「お、恩人だからよ……」と小声でボソッと話してくれた。


「あなたはお姉ちゃんを助けてくれたんだから、これくらい当然よ。ロスヴァイセ家が全額立て替えて、利息も延滞料なしでお金を貸してくれるそうだから、ゆっくり一緒に返済していきましょ」


 利息が掛からないのは素直に有り難いと思ったが、上手い話には裏があるのがつきものだ。何か裏があると感じたイグニスは、「……一体、何を企んでるんだ?」と聞き返す。


「た、企んでなんかないわよ! 人聞きが悪いわね!」

「いやいや、そうなるだろ。利息や延滞金がかからないのは有り難いんだけど、名義は俺だろ? 俺が責任持って返済しないと駄目だと思うんだ」


 至極真っ当な台詞に返す言葉が見つからなかったのか、ソフィアは「そ、それは……」と言いながら渋い表情に変わった。


「ソフィアの気持ちは有難いけど、そこまで甘えられないよ。〝グルヴェイグ〟に乗って、父さんがどこにいるのかも探さなきゃいけないし。何より、女の子に返済を手伝ってもらうなんて、めちゃくちゃ格好悪いし……。な、なんで急に暗く――」


 不思議に思ったイグニスが視線を上げると、急に頭上から〝大きな手〟が降ってくるのが見えた。


「〝アストランティア〟の手か!?」


 天井に備え付けられている照明が逆光になって、少しだけ見え辛かったが、光を遮ったのは〝アストランティア〟の手だった。


 突然の事に対応できず、イグニスは直立不動のまま目を瞑って立ち尽くす。


 ズバンッ!


 大きな手を勢いよく地面に叩き付けた。衝撃で砂埃が舞う。ギリギリだった。もし数センチずれていたら、今頃ミンチになっていた所だ。


「あっ……ぶねぇな! 一体、誰が動かしてやがんだ!?」


 イグニスは文句を言ってやろうと思ったが、予想外の人物の声を聞き、イグニスは驚いてしまう。


『駄目だよ、ソフィアちゃん! そんな理由でイグニス君の気を引けるとでも思ってるの!? ソフィアちゃんがいないと何もできない僕でも、イグニス君と一緒の事を言うよ!』


 なんと、ソフィアのオーブの中に入っていたのはアメリアだった。


 てっきり病院でリハビリに励んでいたと思っていたので、「なんでアメリアが、ソフィアのオーブにいるんだ?」とイグニスが聞く。


 すると、アメリアは恥ずかしそうにこう答えたのだった。


『えへへ……。あんまりにも自分の身体が動かなくて、リハビリが嫌になっちゃってさ。気分転換ってやつだよ。ソフィアちゃんも新しいオーブと相性が良くないし、このままじゃイグニス君に負けちゃう〜! って、ずっと悩んでたの。だから僕がオーブに戻って、ソフィアちゃんを応援しようと思って!』


 アメリアらしい言い分だとは思ったが、その調子ではいつまで経っても身体が動かないままでは? とイグニスは一人で心配していた。


「ねぇ、イグニス君。もしかして、お姉ちゃんと話してた?」

「うん。まぁ、いろいろと……」


 イグニスはぎこちなく頷いた。すると、何故かソフィアは落ち着きがなくなり始め、早口で喋り始めた。


「お、お姉ちゃんと何を喋ってたの?」

「リハビリがキツいから気分転換してるって聞いたんだよ。後は俺の気を引くかどうとかって言ってたような……」


 それだけ言うと、何故かソフィアの顔が一気に赤くなった。


「それだけ!? 本当にそれだけ!?」

「お、おう。それだけだけど……」


 ソフィアの勢いに押され、イグニスはたじたじになっていたが、ここでアメリアがこの場の空気を一変させる台詞を言い放つ。


『実はソフィアちゃん、ずっと前からイグニス君に片思いしてるんだよ〜! ちなみに僕はこの前助けてくれた時から好きになっちゃった♡』


 満足そうに笑って答えるアメリアの声を聞き、イグニスは「は? 俺の事が好き?」と独り言のように呟くと、ソフィアはカッと目を見開いた。


「もう、やだぁぁ……。お姉ちゃんのバカーーーー!!」


 ソフィアは恥ずかしくなってしまったのか手で顔を覆い、一言も喋らなくなってしまった。


『ねぇねぇ、ちなみにイグニス君はどっちがタイプなの? ソフィアちゃんみたいな努力家な女の子が好き? それとも僕みたいな明るい天真爛漫な天才が好き? あ、ちなみに僕は心が広いからさ! 一夫多妻でも大丈夫な人だよ! ベッドで三人仲良く寝るのもアリかもね〜♡』


 ウフフと笑うアメリアの勝手な妄想にイグニスは吹き出しそうになった。


 しかも、アメリアとシンクロをしたわけではなかったのに、何故か仲良く三人で寝ているイメージが頭の中に流れ込んできたのである。


「うああぁぁ……あぁ……」


 そういう経験のないイグニスには刺激が強かったのか、頭を抱えて呻き声をあげた。ソフィアと同じように真っ赤になった顔を手で覆い隠す。


 砂埃が晴れ、モニターからイグニス達の様子がわかるようになった頃。


 二人が茹で蛸のように真っ赤な顔に変わっているのを見て、二人の間に何があったのかを当てるのが学園内で流行ったのであった。

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