第22話 姉妹喧嘩

 イグニスがキャットウォークから見守っていると、〝アストランティア〟に薄桃色のエネルギーラインが通い始めた。


 それから暫くして、コックピットで操作していたソフィアの様子に変化が起こり始める。先程までしっかりと操縦桿を握っていたはずなのに、ぐったりしているような姿が見られたのだ。


 まるで魂が抜き取られたかのような状態だったので、イグニスは失敗したのではないかと、不安に駆られてしまう。

 

「大丈夫か?」


 心配そうに声をかけると、ソフィアの瞼がゆっくりと開いた。自分の手を見つめ、手の動作を確認するように手を握ったり開いたりを繰り返している。


「うわ、眩し……。何、この眩しさ?」


 目が痛んだのか、ソフィアは手で光を遮った。

暫くして光に慣れた頃、大きな目をパッチリと開き、格納庫全体を見渡し始める。


「……え? 僕、人の姿に戻ってる?」


 そんな独り言が聞こえてきたので、イグニスは「アメリアだよな?」と声をかけた。


「う、うん。僕の名前はアメリア・ロスヴァイセ。もしかして……君がイグニス君なの?」

「あぁ、そうだ。ソフィアがずっと心配――おわっ!?」


 アメリアは何を思ったのか、コックピットから飛び降りた。危ないと思ったイグニスは反射的にアメリアを受け止めると、いきなり首の後ろに腕を回される。


「ちょっ!? いきなり抱き付かれるのは、困るんだけど!」


 甘い香りと体温、胸の弾力が服越しに伝わってきて、異性に抱き付かれた事がないイグニスは耳まで真っ赤になってしまう。


 しかし耳元で啜り泣く声を聞いて、イグニスは固まってしまった。


「ありがとう、イグニス君……。僕、もう人間の姿に戻れないって思ってたんだ。ずっと、オーブの中で独りぼっちで寂しかった。必死に叫んでも誰も気付いてくれなかったのに、君だけは僕の声に気付いてくれた。本当に……本当にありがとう」


 本当に怖くて仕方がなかったという気持ちがひしひしと伝わり、イグニスはアメリアが落ち着くまで頭をずっと撫で続けた。


◇◇◇


「えぇ〜〜っ!? こ、これが今の僕なの!?」


 アメリアは車椅子に乗った自分の姿を見てショックを受けていた。


 彼女の話によれば、オーブと入れ替わってしまう前は身体を動かすのが好きだったらしく、自分の身体が病的に細くなってしまったのが受け入れ難いようである。


「ちょっと待ってよ、なんなのその足!? ガリッガリじゃん! もしかして、一歩も外に出てないの? その調子だと誰とも喋ってなかったんじゃない? ねぇ、一言だけで良いから喋ってみて! お願い!」


 アメリアの必死の呼びかけが功を成したのか、車椅子に座っていた人物は蚊が鳴くような声で「…………ぁ」とだけ答えた。


「え? 何、その掠れた声は? カッスカッスじゃん! 君、日常生活で声出してなかったでしょ!? こんなの元の身体に戻ったとしても、リハビリに何年かかっちゃうのさ!?」


 号泣するアメリアを宥めるように「まぁまぁ、少し落ち着けって」とイグニスが声をかける。


「リハビリ次第で絶対に良くなるだろうし、今は元の身体に戻れるってだけでも良かったじゃん」

「それはそうだけどさぁ……」


 アメリアが涙を拭うのを見て、イグニスは元気付けるように頭をぐりぐりと撫でてやる。すると、アメリアの首から下げていたオーブから『ちょっと!』という声がした。


 イグニスがオーブに意識を向けると、『二人だけで喋ってないで、私も仲間に入れなさいよ!』とソフィアが怒っているようだった。


「イグニス君、どうしたの?」

「ずっと二人で喋ってるから、ソフィアが怒ってるみたいなんだ」


 イグニスはオーブに指をさす。


 すると、アメリアは「成程ね! そういう事なら、ちょっと待ってて!」と言い残し、〝アストランティア〟のコックピットに乗り込んだ。


 何をするのか見守っていると、「イグニス君はそこで見てて!」とアメリアが手を振り、システムを操作し始める。


 すると、アストランティア〟の目がピカピカと数回点滅し始めた。


「ぶぇっ!? ゲホゲホッ、なんでスラスターから風が……」


 スラスターから吐き出された風が噴き上がり、格納庫内に降り積もっていた埃が舞い上がる。イグニスが咳き込んでいると、信じられない事が目の前で起こった。


「ほら見て! 操縦桿も握ってないのに、ヴァルキリーが自立して動いてまーす!」


 操縦席から立ち上がったアメリアがイグニスに向かって、嬉しそうに両手で手を振っていた。


 基本的にヴァルキリーはパイロットが操縦桿を握らなければ動かない仕組みなのだが、〝アストランティア〟はアメリアが操縦桿を握っていないにも関わらず、自立して指や腕を動かしていたのだった。


「ど、どういう仕組みで動いてるんだ?」


 アメリアは、よくぞ聞いてくれました! と言わんばかりにドヤ顔に変わった。


「へっへーん! 僕はね、昔からオーブには特別な何かが宿っていると仮説を立ててたんだ! システムに〝自立支援プログラム〟を組み込んで、オーブだけでヴァルキリーを動かせないか試してみたの! そしたら、大成功! さっすが、天才美少女アメリアちゃん! ……って思ってたんだけどさ。ヴァルキリーのシステムを操作してたら、見た事のないシステムを見つけちゃってね。試しに起動させてみたら、こんな事に……」


 アメリアがペロッと舌を出して苦笑いする。


「一緒にいたソフィアちゃんは責任感じちゃって、お母さん達にも何があったのか問い詰められちゃってたし。それに長い間、寂しい思いを――あっ……」


 話をしている途中だったが、〝アストランティア〟がコックピットの中にいるアメリアを摘み出した。


 心なしか〝アストランティア〟の表情が喜怒哀楽の〝怒〟を表現しているように見える。そんな細かい所まで再現できるとは思わず、イグニスは驚いていた。


『な〜に〜が〜、天才美少女アメリアちゃんよ! 私がどれだけ悩んでたか知らないくせに、そんな軽い感じで言わないでよ! バカバカバカ!』

「ごめんね、ソフィアちゃん! でも、やっぱり僕って、プログラミングの天才だと――いたたたたっ! 硬い指先で頬を突くはやめてよ!」


 格納庫内にアメリアの悲鳴が響く。


 〝ヒルディスビー〟のように自発的に喋る機能は備わっていないし、イグニスのように心を読めるわけでもないが、アメリアとソフィアは想いが通じ合っているように見えた。

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