第20話 オーブの声

 イグニス達が向かった先は、銀河連邦軍が所有している研究施設の一つだった。


 ここでは研究員達がヴァルキリーの開発に携わっていたり、駆動系システムを開発したりしているらしく、白衣を着た人間の往来が激しい印象を受ける。


「さすが軍の施設。こんだけの研究員を雇うなんて、金のかけようが半端じゃないな。ソフィア達はいつもこんな所に出入りしてたのかよ?」


 イグニスがキョロキョロと施設内を見渡していると、ソフィアは「えぇ、そうよ」と返事をした。


「この施設はうちの家が出資してる施設でもあるの。私は親の手伝いで子供の頃からヴァルキリーを操縦してきたし、お姉ちゃんはプログラムの開発に携わってきたわ。まぁ、私達にとっては遊び場みたいなものね」

「へぇぇ……やっぱり、財閥って凄いんだな……」


 ソフィアは自慢をしている訳ではないようだったが、財閥のお嬢様は住む世界が違うなとイグニスは感じてしまったのだった。


「さぁ、着いたわ。この格納庫の中に私達が使っていたヴァルキリーが眠ってるはずよ」


 ソフィアは〝第三格納庫〟と表記されている扉の前で、操作盤にパスワードを打ち込み始めた。システムからIDカードを要求されたので、ソフィアは手に持っていたカバンの中を探る。


 しかし、あまりにも時間がかかっていたのでイグニスが後ろから様子を伺ってみると、ソフィアの顔は青褪めて今にも倒れそうになっていた。


 額に脂汗が滲んで、手が震えている。イグニスはすかさず「おい、大丈夫か!?」と声をかけた。


「だ、大丈夫。少し目眩がしただけだから……」

「その顔色は大丈夫じゃないって! 俺が見てくるから、ソフィアはここにいろよ。中に入るのは辛いだろ?」


 IDカードを持つ手に触れると、ずっと氷で冷やしたかのように冷え切っていた。恐らく、トラウマになっているのだろう。今まで自分を責めてきたのだから、仕方ないのかもしれない。


 しかし、イグニスの予想に反してソフィアは小さく首を左右に振った。


「いいえ、一緒に行くわ。私は過去を乗り越えるためにここに来たんだもの」


 ソフィアは覚悟を決めて〝第三格納庫〟へ足を踏み入れた。


 続いてイグニスもアメリアが乗る車椅子をゆっくりと押しながら、格納庫内へ足を踏み入れる。


 足元には間隔を空けて小さな照明が設けられていた。まだ目が慣れていないので格納庫内は見えにくかったが、どうやらキャットウォークの上を歩いているらしい。


「なぁ、大きな明かりは点けないのか?」

「他の研究室に優先的に電力を回してるから、ここだけ明かりが点くのが遅いのよ。もう少ししたら明るくなるはずだから、今は我慢して」


 イグニスはソフィアの言葉に「わかった」と返事をしつつ、暗がりのキャットウォークを進んでいく。暫く、ソフィアの後をついていくと「止まって」と声をかけられた。

 

「着いたわ。これが私達が使っていたヴァルキリー。機体名は〝アストランティア〟よ」


 格納庫内の暗さに目が慣れてきた為、遠くからでも拘束台に固定されたヴァルキリーがいるのは分かってはいた。


 だが、初めてみる機体のデザインにイグニスは「めちゃくちゃカッコいいじゃん!」と声をあげた。


 〝アストランティア〟は白を基調としたカラーリングに西洋の鎧をモチーフにしているようだった。腰回りには〝ヒルディスビー〟とは違ったスカートらしき装甲が装着されており、フォルムも女性らしいくびれのようなものが見られる。


 イグニスがキラキラとした目で〝アストランティア〟を見つめているのを見て、ソフィアは嬉しくなったのか、ここに来て初めて笑ってくれたのだった。


「〝アストランティア〟は私の両親がプレゼントしてくれた機体なの。最初は基礎的なフレームと装甲だけだったんだけど、お姉ちゃんと試行錯誤していくうちに、今の状態に仕上がったの」

「誕生日プレゼントでヴァルキリーを貰えるとか、一般家庭出身の俺とはスケールが違いすぎるな……」


 イグニスが苦笑いしてると、ハッと我に返ったソフィアが「ごめんなさい。自慢話をしたいわけじゃなかったのだけど……」と軽く咳払いをした。


「早速だけど本題に入りましょう。電力もこっちに回ってきたみたいだし、他の研究室から文句を言われる前にさっさと終わらせないと」

「そうだな。じゃあ、先ずはソフィアのオーブを貸してくれないか?」


 イグニスは父さんの指示通りに動いていた。


 ソフィアのオーブにアメリアが宿っているかを確認してからエインヘリアルシステムを使わないと、他人から他人へ入れ替える事になり、非常にややこしい事になるからだ。


 ソフィアは少し躊躇いつつも、オーブをイグニスに手渡した。ピンク色の虹色の光を放つオーブが、暗闇の中でキラキラと光っている。


 まるで、私はここにいるよと主張しているかのように――。


「それでどうするの?」

「まぁ、そこで見てな」


 イグニスは優しくオーブを握りしめた。

目を瞑り、普段生活している時よりもアンテナを高く張る。すると口調は少し違ったが、ソフィアと同じ声が微かに聞こえてきた。


 頼む。俺の声が聞こえてるなら、返事をしてくれ――。


『…………君は誰? 僕の声が聞こえるの?』


 イグニスはホッと胸を撫で下ろした。


「あぁ、聞こえてるよ。俺の名前はイグニスっていうんだ。君の名前は?」


 すると、声の持ち主は感極まってしまったのか、『僕の声が聞こえる人がいるだなんて思わなかった……』と涙声に変わっていた。


『僕はアメリア・ロスヴァイセ。そこにいるソフィアちゃんの双子のお姉ちゃんだよ』

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