第19話 ソフィアの悩み

「お姉ちゃん、この人はイグニス君。私のクラスメイトで、いつも私に模擬戦を挑んでくる人よ」

「シンラ・イグニスです。初めまして」


 イグニスは握手をしようと手を差し出すが、アメリアは膝の上に手を置いたまま、いつまで経っても握手を交わそうとしなかった。


「アハハ……。もしかして、握手は苦手だったりする?」


 イグニスが反応に困っていると「もう三年くらいこんな状態なの」とソフィアが教えてくれた。


「昔は明るくてお喋りが好きな人だったんだけど、三年くらい前に事故に遭っちゃって。人が変わっちゃったみたいに喋らなくなっちゃったの。お医者様は事故の後遺症によるものだって言ってたけど、私は薬の影響もあると――」


 イグニスはソフィアの話に耳を傾けながら、アメリアの心を読み取っていた。


 しかし、彼女は無表情のまま『誰とも喋りたくない。ずっと一人が良い』とだけ強く念じた後、何も伝わってこなくなってしまった。


(何を聞いても解決しなさそうだな。この身体の持ち主であるアメリアに聞いたのなら、何かわかりそうな気がするけど……)


 イグニスが何も喋らないアメリアをジッと観察しているのを見て、「ねぇ、イグニス君」とソフィアが話しかけてきた。


「お姉ちゃんを見てどう思った?」

「どうって……何が?」


 質問の意図が分からなくてイグニスが聞き返すと、ソフィアは堰き止めていた感情が決壊してしまったかのように、声を震わせてこう言い放ったのだった。


「お、お姉ちゃんも……ニュースに映ってた貴方みたいに人が変わったんじゃないかって。


 イグニスは驚いて目を丸くした。


 まさか、あのニュースを見ただけで父さんと入れ替わっていた事を見抜かれてしまうとは思わなかったのだ。


「……なんでそう思うんだ?」


 イグニスが理由を聞くと、ソフィアは少し俯きがちに答えてくれた。


「ニュースに映ってたイグニス君、いつもと雰囲気が違ったわ。誰に向かって言ったのかわからないけど、全国放送で挑発するような発言をするだなんて、普段の貴方じゃ考えられないもの」


 イグニスは返事に困ってしまった。


 父さんが俺の身体を使って勝手に喋ってました――なんて話を説明したとしても、そう簡単に信じてもらえるとは思わなかったのだ。


(どう説明するべきなんだ、これ……)


 難しい顔で考え込んでいると、ソフィアはイグニスの手を強く握ってきた。


「お願い、正直に答えて。あの時のイグニス君はイグニス君だったけど、別の人が喋ってたんでしょ? でも、今喋ってるのはいつものイグニス君だし、私も訳わかんない事言ってるって自覚はある。けど、もし何か知っているのなら教えてほしいの」


 ソフィアが今にも泣き出しそうな顔に変わったのを見て、イグニスは不覚にも脈が早くなった。いつも強気な姿しか見ていなかったせいか、ほんの少し調子が狂ってしまう。


『イグニス。多分、俺と同じだ』


 首に下げているオーブから急に父さんの声が聞こえてきて、イグニスはピクッと肩を震わせた。


 しかし、こんな状況で父さんに返事をするわけにもいかず、イグニスは迷った末に「聞きたい事があるんだけど……」と話を切り出す。


「事故があった日、アメリアはヴァルキリーに乗ってなかったか? 他にもヴァルキリーのシステムを弄ってたりとか、色々してたんじゃないか?」


 その言葉を聞いたソフィアは驚いたような表情に変わった。


「え……えぇ、ヴァルキリーに乗ってたわ。お姉ちゃん、ヴァルキリーのシステムやプログラムを弄るのが好きだったから、その日も夜遅くまで動かしてたの。もしかして、ヴァルキリーが原因なの?」


 イグニスは力強く頷いた。


「その可能性が高いと思う。一度、そのヴァルキリーを見てみたいんだけど、今からいいか? できれば、そこにいるアメリアも連れて」


 アメリアを一緒に連れて行けという指示を出したのは、父さんだった。案の定、ソフィアは「え? お姉ちゃんも一緒に?」と首を傾げている。


「あぁ。後、ソフィアがいつも使ってるオーブも持ってきて欲しいんだ。アメリアの様子が変わっちまったのも、それで解決できると思う」


 ソフィアは一瞬、心配そうな顔をしたが、何か意図があると判断したのだろう。「わかった。看護師さんに外出許可を取ってくる」と言って、部屋を後にしたのだった。


「ハァァ……ちゃんと謎が解けるといいんだけど……」


 ソフィアを見送った後、イグニスは顔を両手で覆ってその場に蹲み込んだ。正直、気が気でなかった。これで何も出来なかったら、ソフィアを更に落ち込ませる事になると思ったのだ。


『大丈夫だ、イグニス。ヴァルキリーに乗った直後に人格が変わったのなら、間違ってエインヘリアルシステムを起動させたんだろうよ。後はあの子が普段使ってるオーブを見れば、確実に答えは出るはずさ』

「うん、そうだな。父さんの言葉を信じるよ」


 良い方向に転べば良いな……そう思いながら待っていたが、この数分後にイグニス自身も外出許可を得なければ外に出られない事に気付き、慌てて自分の病室へ戻るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る