第18話 お見舞い

 病院の購買で牛乳と菓子パンを買った帰り道、ナースステーションの前で見覚えのある人物を見つけた。

 

 ソフィアだった。ソフィアはお見舞い用のアレンジメントフラワーを持ち、一人でエレベーターの前に立っていた。いつもは長い髪を頭の高い位置で結い上げているのに、今日は髪を下ろしているせいか大人っぽく見える。


 イグニスはナースステーションの前で立ち止まってしまった。いつも強気で自信満々なソフィアにしては表情が暗いような気がしたので、声をかけるか迷ってしまったのだ。


「……もしかして、に来たのか?」


 ソフィアの口から語られてはいないが、彼女には双子の姉がいた。


 イグニスは初等部の頃から学園にいるが、その頃はソフィア達と喋る機会はなかった。


 二人の事をよく知っているクラスメイト曰く、性格は全く違うが見た目は瓜二つだったらしい。話によれば、姉の方は中学に入ってから急に学校に来なくなったと言っていた。


 しかし、心を読めるイグニスには中等部に進級した頃から、何故かソフィアがずっと自分を責めているのを感じていた。


 ただ、何が原因で自分を責めているのか? 詳しい内容まではイグニスの能力不足のせいなのか、把握できなかったし、知ろうとも思わなかった。


(ソフィアとは中等部から話すようになって、少しでも気晴らしになればと思って模擬戦に誘ってたけど、あんまり意味なかったかなぁ……)


 イグニスの微妙な気持ちの変化に気付いた父さんは『なんだ、知り合いでもいたのか?』と話しかけてきた。


「うん、ソフィアっていう女の子。財閥のお嬢様で、よく模擬戦の相手をしてくれるんだ」

『へぇ……。財閥のお嬢様なのにヴァルキリーに乗るなんて度胸あるな。しかし、まだ15歳なのにガールフレンドがいるなんてやるじゃないか。キスくらいはしたのか?』


 父さんが揶揄ってきたので「ソ、ソフィアとはそういう関係じゃないから!」と焦ったように否定してから、イグニスは彼女との関係性をポツポツと話し始める。


「放課後とかによく模擬戦を申し込んでたんだ。ただ、連敗してるから次やる時はなんとしてでも勝ちたくてさ。だから――あ、ソフィア……」


 驚いた顔をしたソフィアと目が合ってしまった。

このまま何も喋らずに立ち去るわけにはいかず、イグニスは苦笑いしながら「ひ、久しぶりだな……」とぎごちなく手を振る。


 すると、ソフィアはムスッとした表情でこちらに向かって歩いてきた。

 

「……


 変な質問をしてくるなと思ったが、「俺以外に何に見えるんだよ」と答えると、ソフィアは前触れもなくイグニスの手を握って歩き出した。


「お、おい! どこに行くんだよ!?」


 ソフィアは無言のままイグニスの手を引っ張り、到着したエレベーターに乗り込む。ボタンを押した階数は最上階。VIPしか使えない特別な病室がある階だった。


「えーっと、ソフィアさーん? もしかしてなんだけど、晩飯を作らなかった事とかメールの返事をしなかったから怒ってるのか?」


 イグニスがご機嫌を伺うように聞くも、ソフィアは何も答えてくれなかった。


 気まずい空気のまま最上階に到着すると、ソフィアは廊下の突き当たりの部屋までスタスタと歩いていく。イグニスは困った顔をしたまま、彼女の後ろを着いて行くしかなかった。


「入って」

「し、失礼します……」


 イグニスは促されるまま部屋の中へ入った。

甘い香りで満たされた部屋を恐る恐る進むと、ソフィアと同じくらいの年齢の女の子が車椅子に乗って、外の景色を眺めていた。


 女の子の容姿はソフィアと全く同じだった。

日に当たっていないせいか、少し不健康そうに見える。けれど、さくらんぼのように艶のある唇は髪の毛と同様に手入れが行き届いている印象を受けた。


(あれ? この人、ソフィアの姉ちゃんじゃないような……)


 イグニスは車椅子に座る少女がソフィアの姉ではない事に気が付いた。


 容姿はソフィアと瓜二つなので、血の繋がった姉妹なのだろう。けれど、中身は全くの別人。ソフィアとは全く関係のない赤の他人が入っていると感じたのである。


「紹介するわ、イグニス君。この人の名前はアメリア・ロスヴァイセ。私の双子のお姉ちゃんよ」


 アメリアは車椅子に座ったまま会釈もせずに、ジッとイグニスを見つめていた。

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