第16話 もう一人の俺

 〝炎珠勲章〟という不死鳥フェニックスをモチーフにした勲章を、制服の胸ポケット辺りに着けて貰っている場面が映し出されている。


 イグニスは何が起こっているのか分からず、ポカンと口を開けたまま、バーチャルモニターを見つめる事しかできなかった。


『弱冠、15歳の少年が〝炎珠勲章〟を受賞するなんて、とても名誉な事ですね! この勲章はイグニスさんとお父様が乗っていた〝グルヴェイグ〟に贈られた勲章だそうですよ! なんでもこの勲章は危険な場所から帰還した兵士に贈られるものだそうで――』


 アナウンサーが興奮気味に解説していたが、どうやらこれは三日程前の映像らしい。


 この若さで勲章を授与されるのはアスガルドでは初めてらしく、カメラのフラッシュがバシャバシャと焚かれ、方々から拍手喝采されている様子が報道されていた。


「えぇ……なんだよ、この報道は……」


 ズキズキと頭痛がし始めた。ニュースに映っているのは確かに自分なのに、ドッペルゲンガーを見ているような気分になっていた。


 イグニスは身体の怠さなんて忘れ、病室内を忙しなく歩き回り始める。


「なんで軍から勲章授与なんかされてんの? しかも、あの制服って学園の優秀な生徒にしか支給されない物だったような……。俺、そんなの貰った覚えないんだけど。一週間くらい記憶が抜け落ちてるし、まるで人が入れ替わったような――」


 ここでようやくイグニスはハッと我に返った。


 自然と視線が首から下げられたオーブに向く。父さんが気配を殺していたせいなのか、今までオーブの存在を忘れていたのだった。


「……ねぇ、父さん。ニュースに俺の姿が映ってるんだけど、あれって父さんだよね?」


 イグニスはネックレスを外し、視線と同じ位置までオーブを持ってくると、『バレたか』と父さんは開き直ったように答えたのだった。


『おはよう、イグニス。俺のおかげで良い夢が見れただろ? もう三週間くらい寝ていれば、お前との思い出をもっと見せてやれたんだけど――』

「そんな事を悠長に話してる場合じゃないよ! なんだよ、あれ!? 俺、立ち入り禁止区域にいたんだよ!? 帰ったらいろんな人達に怒られると思ってたのに、なんで軍から勲章を授与されてんだよ!? 人の身体で勝手な事をしないでくれ!」


 バーチャルモニターに指をさして苛立つイグニスに対し、父さんは『まぁまぁ、落ち着けって』と落ち着いた口調で諭してきた。


『驚かせて悪かったよ。これにはいろんな事情が絡んでるんだ』


 話は〝人型の悪魔〟を倒し、イグニスが異常な睡魔に襲われて眠りについた直後。エネルギー切れを起こした〝グルヴェイグ〟を牽引して貰い、マリウス先生と一緒に宇宙船アスガルドの管轄区域まで戻ってきた所まで遡る。


 父さん曰く、アスガルドに戻ってからが一番大変だったと話していた。


 管理局の人間が〝グルヴェイグ〟の識別番号を確認した途端、普段は淡々と機械的に仕事をこなす人達が悲鳴をあげてしまう程、大騒ぎになったらしい。

 

 パニックに陥った管理局の人間達は、誰が〝グルヴェイグ〟を操縦しているのかも確認せず、真っ先に軍に連絡を入れてしまったそうだ。


 そのせいで、マリウス先生と父さんは通信機器やヴァルキリーを一時的に没収され、軍司令部に缶詰状態にされてしまったらしい。


『アイツら、マジで信じられねぇ。父親の遺留品を探しに行きたいって、マリウスに頼み込んだんだーって何回言っても、全く信じてくれなかったんだ。挙げ句の果てにマリウスに脅されて仕方なくやったんだろ? って言い出しやがってよ。どれだけマリウスを貶めたいんだか。ま、アイツらの顔と名前は覚えたからな。元の身体に戻ったら、全員まとめてシメあげてやる』


 父さんが不吉な事を言っていたが、イグニスは苦笑いしかできなかった。


「それで、その後はどうなったの?」

『あぁ、その後は――』


 〝グルヴェイグ〟はボディが傷だらけだったそうなので、軍がシステムのアップデートとメンテナンスをしてくれる事になったそうだ。


 直った機体の受取人は息子のシンラ・イグニスになると説明を受けたので、イグニスはホッと胸を撫で下ろす。


『簡単に話すとこんな所かな。だけど、14年前にアスガルドを救った英雄の機体が帰ってきたってのが、マスコミに漏れたらしくてな。軍も隠し通せなくなって、お前に勲章を授与する流れになったってわけ』


 イグニスは納得したように軽く頷き、安堵の表情で胸を撫で下ろした。

 

「じゃあ、誰にも怒られずに済んだんだ! あー、退学にならなくて良かった!」

『まぁ、それは良かったんだけどな……』


 珍しく歯切れが悪そうな言い方をしたので、イグニスは「どうしたんだよ?」と首を傾げる。


『俺には夢があるって言ってたのを覚えてるか?』

「う、うん。身体を取り戻したら、俺を抱き締めたいって言ってた事だっけ?」


 その事を思い出したイグニスが照れ臭そうに答えると、父さんは『あぁ、そうだ』と答えた。


『オーブの中に閉じ込められてから、手っ取り早く自分の身体を見つける方法がないか、ずっと考えてたんだ。だから――今回、マスコミを利用してやったんだ』


 イグニスは数秒の間フリーズしてしまった。


「えっと……つまり、どういう事?」


 聞き返すと、父さんは一呼吸おいてからまた喋り始めた。


『俺の身体は〝悪魔〟に乗っ取られてる状態だって説明したろ? だから、マスコミの前でこう言ってやったんだ――いつか身体を取り戻しに行くから、首を洗って待ってろってな』

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