第二章 

第15話 夢と現実

(なんなんだ、この感覚は……)


 イグニスは今、非常に戸惑っていた。

意識だけがその場に存在しているような不思議な感覚。しかし、ちゃんと身体はあると感じられるし、視界も良好。


 病室っぽい所にいる事だけは理解しているが、ここは一体どこなのだろうか?


(俺、何してたんだっけ? マリウス先生と一緒に〝ヒルディスビー〟に乗り込んで、父さんの遺留品を探しに宇宙へ出ただろ? それから、父さんが乗ってた〝グルヴェイグ〟が、でっかい悪魔と一緒に大きな結晶に閉じ込められてて。機体を取り出そうとしたら、いきなり宇宙空間に放り出されて……あ、そうだ。〝グルヴェイグ〟のコックピットの中で、父さんが使ってたオーブを見つけたんだった!)


 イグニスはようやく全てを思い出した。


 元々、父さんが使っていたオーブの中には〝悪魔〟が潜んでいて、14年前に入れ替わってしまった事。


 〝蝙蝠の悪魔〟の大群や大破した機体を捕食した〝人型の悪魔〟が現れ、自分もエインヘリアルシステムを使って父さんと入れ替わり、力を合わせて〝悪魔〟を倒したのだった。


(あの後、元の身体に戻ったのか? それにしては、自分の手が一回り大きいような気がする。見た事のない服を着てるみたいだし、こんな上等なジャケットは持ってないはずなんだけどなぁ……)


 暫く悩んでいると、『ほら見て! 可愛いでしょ?』と嬉しそうに話す女性の声が聞こえてきた。


 イグニスはビクッと肩を大きく震わせた後、声がした方へ視線が動いた。椅子に座ったままの状態なのに心臓のドキドキが治らない。


 どうして、こんなにドキドキしているんだろう――。


 イグニスが疑問に思っていると、白いおくるみに包まれた赤い髪の赤ちゃんが目に飛び込んできたので、またもや心臓が大きく跳ねた。


『私は女の子でも男の子でも良かったけど、ヒビキはずっと男の子が良いって言ってたもんね! でも男の子だったら、ヒビキみたいにヴァルキリーを操縦する事になるのかなぁ? 私としては、あんまり危ない事はして欲しくないんだけど……』


 ここでようやく、イグニスは自分の身体ではない事に気付いた。


 この光景はイグニスの父である、シンラ・ヒビキの思い出の中。そして、父さんが実際に体験した過去の光景なのだろう。


 スヤスヤと眠っている赤ちゃんがイグニスで、赤ちゃんを抱いている癖のない黒髪を背中まで伸ばした女性が、自分の母親だと理解したのだった。


『……ねぇ、ヒビキ。私達の初めての子供だよ? もしかして、嬉しくない?』


 不安そうに話しかけられるも、父さんはだんまりだった。


 しかし、イグニスは父さんの気持ちを理解していた。父さんは喉の奥が締め付けられているようで、全く声を出せない状態だったのだ。


 自分の子供が産まれて嬉しくないわけではなかった。むしろ感じた事がない喜びに満ち溢れ、この気持ちをどう表現すれば良いのか分からなかったのだ。


(ねぇ、父さん。早く何か言ってあげてよ。俺は声に出さなくても父さんの気持ちが伝わるからいいけど、母さんが不安そうな顔をしてるのを見ると、俺も心が痛くなってくる)


 イグニスがそんな事を考えていると、ムスッとした表情のまま次第に涙が盛り上がってきた。堪え切れずに涙の粒がボロボロと溢れ、何度も何度も涙が頬を伝って流れ落ちる。


『ちょっと、ヒビキ!? なんで泣いてるの!?』


 母さんがギョッとした顔になっていた。


 恐らく、父さんは普段は泣かない人なのだろう。

母さんは両手に抱いていた俺と、ベッドの側に置いていたティッシュを交互に見ながら、あたふたし続けていた。


 父さんがズビッと鼻を啜った後、『ありがとう、サクラ。俺、頑張る。イグニスにとって誇れる父親になれるように頑張るよ』と宣言し、母さんを抱きしめていた――。


◇◇◇


「…………すっげぇ、リアルな夢」


 イグニスは今度こそ目を覚ました。

見慣れない天井だったが、医療用のカーテンが視界の端に見えていたので、病院のベッドに寝かされている事に気付く。


 起き上がろうとするも身体が鉛のように重く感じられ、ベッドに沈み込んでしまった。こんな酷い疲れ方は初めてだったので、イグニスは少し心配になってしまう。


「なんだよ、この気怠さは。まるで高熱が何日も出て寝込んだ時みたいだ……」


 それでもイグニスは気合いで起き上がった。

脇机の上に置いてあったリモコンに手を伸ばし、バーチャルモニターの電源を入れると、〝ニュース5〟という報道チャンネルが流れ始めた。


『おはようございます。本日はアスガルドで行われる豊穣祭の準備の様子を中継していきます』


 イグニスはニュースを見て固まってしまった。

宇宙船アスガルドでは、毎年5月に入ると豊穣祭というお祭りが催される。


 豊穣祭は他の宇宙船からも参加しに来る程の人気イベントで、毎年5月に行われるのだが――。


「え……今日は何日なんだ?」


 イグニスは一気に怪訝な表情になってしまった。


 〝悪魔〟と戦ったのは4月下旬だったはずだ。

なのに、どうして5月に行われる予定の豊穣祭の準備映像が報道されているのだろうか?


 慌ててチャンネルのカレンダー機能を使って確認すると、バーチャルモニターに5月4日と表示された。


「ご、5月4日? もしかして、あれから一週間くらい経過してるのか?」


 イグニスは持っていたリモコンを落としそうになった。


 まるでタイムスリップしたかのような感覚。

イグニスは状況が飲み込めないまま固まっていると、次のニュースが流れ始めた。


『次のニュースです。14年前に宇宙船アスガルドを救った英雄、シンラ・ヒビキさんの機体が発見され、各国から注目を浴びております』

 

 アナウンサーが報道内容を読み上げた後、アークス高等専門学園の制服(正装)を着たイグニスが軍の偉い人に表彰される場面が映し出され、頭が真っ白になってしまったのだった。

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