第11話 悪魔との戦闘《マリウスside》

 時はイグニスをコックピットから追い出した直後まで遡る――。


 マリウスとニコは〝グルヴェイグ〟から〝蝙蝠の悪魔〟の群勢を引き離そうと、囮となって逃げ回っていた。


「くっ……一体、何匹いるんだ!?」

『追ってくる奴等だけでも数百匹以上はいるよ! どこに隠れてたんだろう!? 僕のレーダーには全然引っ掛からなかった!』


 マリウスは操縦桿を右へ傾けた直後、目の前に巨大な鉄板が浮いているのを見つけ、最短で真っ直ぐに飛んでいった。


「使える物は……全て使わせてもらう!」


 マリウスは鉄板を引っ掴み、グルグルと高速で身体を回転させ、遠心力を使って鉄板を投げ飛ばす。


 すると、巨大な鉄板を投げつけられた〝悪魔〟は『ギャギャッ!』とノイズが混じったような悲鳴をあげた。


『マリウス、ナイスシュート!』


 ニコが歓声をあげる。しかし、咄嗟の判断で放った攻撃も時間稼ぎにすらならなかった。


 〝悪魔〟は仲間を助けるような行動は一切見せず、魚が群れを成すように〝ヒルディスビー〟を追いかけ始めたのだ。


「やっぱり、こんなんじゃ足止めにもならないか!」

『わ〜〜、ヤバいよっ! どんどん僕達に追いついてきてる! 僕、スピードだけは負けない自信あったのに!』


 マリウスも悔しそうに歯を食いしばった。操縦桿を握る手に汗が滲む。今よりも若い時はこんな状況を幾度も潜り抜けてきたにも関わらず、この体たらくだ。


「……長い間、ぬるま湯に浸り過ぎたかな」


 マリウスが小さく独り言を呟き、後方のモニターを一瞥すると、真っ暗な宇宙空間に赤い眼光がいくつも輝いて見えた。赤錆色の羽は所々に穴が空き、口元はハエトリグモのように歪な形をしている。


 普段は舌打ちなんてしないマリウスだが、嫌悪感を露わにしてしまう程、状況は芳しくなかった。


「ニコ、全てのビットを使って敵の数を一気に削ろう! このままじゃ落とされるのも時間の問題だ!」

『うん、わかった!』


 緊迫した空気の中、マリウスは近接装備用のブレードを装備する。ブレードを手に持った数秒後、群れから数匹の〝悪魔〟が飛び出し、〝ヒルディスビー〟に襲いかかってきた。


 〝ヒルディスビー〟は器用に敵の攻撃をいなし、〝悪魔〟の身体を一刀両断にした。戦いながら幾度も方向転換を行い、スカート部分に装着されていたビットを辺り一面にばら撒く。


『マリウス、充填完了だよ!』

「10秒後に攻撃を始めよう。それまで可能な限り、敵を引きつけるんだ」

『了解! カウントを始めるよ!』


 元気よく答えた後、ニコはカウントに入った。


 〝ヒルディスビー〟はある程度、距離を取ったところで身を翻し、〝悪魔〟の群勢と真正面から向き合う形をとった。『ギギギッ!』という耳障りな鳴き声が近付いてくる度、マリウスの身体に鳥肌が立つのを感じる。


『3、2、1……』


 0になった瞬間、マリウスは操縦桿のトリガーを引いた。放たれた緑色の光線はビットとビットを繋ぎ、ドーム型のバリアのように形成されていく。


 〝蝙蝠の悪魔〟の大部分をバリアの中に閉じ込めた後、オーブから供給されていたエネルギーを解き放つと、ドームの中が黒煙に包まれる程の大爆発が起こった。


『ギャギャギャギャッ!』

『ギチギチ……ギチ……』


 瀕死の状態に陥った〝蝙蝠の悪魔〟が、次々と底なしの宇宙へ沈んでいく。その光景を見たニコが歓喜の声を上げた。


『やったね、マリウス! 今の攻撃で全部倒したんじゃない!?』

「油断禁物だよ。まだ近くに敵が潜んでるかもしれないからね。家に帰るまでが遠足だってよく言うだろ?」


 〝ヒルディスビー〟はいつでも応戦できるよう、ブレードを構えながら警戒する。


 レーダーをいつも以上に感度を良くして、いつ襲われても反撃ができるように身構えていたが、ニコの言った通り〝蝙蝠の悪魔〟は統制が取れなくなったのか、攻撃してくる個体は一匹もいなかった。


(これで終わったのか? 本当に?)


 この時、マリウスは少し違和感を感じていた。

あれほどの〝悪魔〟がレーダーに映らなかった事もそうだが、マリウスが一番驚いたのは だった。


『マリウス、どうかしたの? なんだか胸の中がザワザワしてるよ? 心配し過ぎなんじゃない?』


 ニコが心配そうに声をかけてきたけれど、マリウスは構わず考察を続ける。


(人間との戦闘を学習しているのか? それとも、人間のように指揮する者がいる? いや、それはさすがに考えすぎか。〝悪魔〟がだなんて、僕の悪い想像でしかないもんな……)


 マリウスは小さく息を吐き、「ずっと黙り込んでて、ごめんよ」とニコに笑いかけた。


「さぁ、早くイグニス君と合流してアスガルドに帰ろう。〝グルヴェイグ〟の解析もしなきゃいけないし。帰ってからもやる事がたくさんあるからね」

『うん! 僕、もうくたくただよ〜。帰ったら僕もエネルギー補給したいし……。ねー、マリウス。僕、頑張ったでしょ? いつものご褒美が欲しいなぁ〜!』

「わかったよ。ちゃんと用意しとくから――」


 ニコが話している最中、何かと派手にぶつかったのか、コックピットにアラート音が鳴り始めた。機体がガタガタと激しく揺れる。どうやら、ただの障害物に当たったわけではなさそうだ。


「ニコ、何が起こったんだ?」

『わ、わかんない! けど、障害物じゃないのは確かだよ!』

「障害物じゃない? じゃあ、今のは――っ!」


 マリウスは顔を上げた瞬間、口を噤んでしまった。


 コックピットの中を覗き込むように、ヴァルキリーのような姿形をした存在が、〝ヒルディスビー〟を見下ろすように行く手を阻んでいた――。

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