第12話 入れ替わった二人

『俺……一体、どうしちゃったんだろう?』


 イグニスは今、非常に戸惑っていた。

意識が戻ったと思いきや、自分で瞼を開けたような感覚や操縦桿を握っている感覚が一切感じられなかったのだ。


 なのに、自分の意思に反して勝手に身体が動いている。モニターに映っている武器も選べないし、頭の上に疑問符が浮かぶばかりである。


『〝エインヘリアルシステム〟を起動させてからどうなったんだ? 一瞬の事で何も分からなかった。手足も自分で動かしてる感じがしない』


 一人で悩んでいると「ようやくお目覚めか?」と声をかけられ、イグニスはハッと我に返る。


『い、今……俺の声がした!?』


 声を真似ているという次元ではなく、本当に自分の声がした。イグニスの声で、またもや「おはよう」と声をかけられる。


「ずっと名前を呼んでたのに反応がなかったから、どう起こそうか考えてたんだ」

『……もしかして、俺はオーブの中にいるのか?』

「そうだぞ。痛みもないし一瞬で入れ替わるから、最初は戸惑うよな」


 イグニスは父さんの言葉を聞いて、ようやく自分がオーブの中にいる事に気付いたのだった。


「視覚や触覚はシンクロしてるパイロットと共有してるけど、お前が発する言葉は普通の人には聞こえないから気を付けろよ?」


 身体がない状態は人生で初めての事だったので、緊張気味に『お、おう……』と答えると、父さんはハハハと笑い始めた。


「初めは慣れない事も多いけど、良い所もあってな。身体がないせいで空腹を一切感じないんだ。静かにしてると時間が過ぎるのも早いし、慣れるとオーブの中って意外と快適なんだよな」


 父さんは懐かしそうに話していたが、『俺はちゃんと飯は食べたいけどなぁ……』と率直な感想を述べる。これを14年間、毎日この状態で過ごすとなると、気が狂いそうな気がした。


「確かに頭がおかしくなりそうな時はあったけど、俺が自分を見失わずに済んだのは、家族の存在が大きかったな。もう一つは俺をこんな姿にした〝悪魔〟をぶっ潰す。これだけを考えて過ごしてきたんだ」


 父さんが操縦桿を握ると、オーブの中にいるイグニスは爆ぜたように自身が熱くなるのを感じた。


 例えるなら自分自身が着火剤の塊で、火を投じられて燃え盛っているかのような感覚に陥っている。


『な、なんか急に熱くなってきたんだけど……』

「俺が操縦桿を握ったから、オーブからエネルギーが放出し始めたんだ。おっ、シンクロ率は90%か。やっぱり、自分と近しい人間とシンクロした方が高い数値が出やすいな」


 イグニスは驚きを隠せなかった。今までイグニスが使用してきたオーブは20%くらいまでしか上がらなかったのだ。それがいとも簡単に90%も叩き出せるとは……。


「さてと。準備も終わった事だし、マリウスと合流するとしますか。手始めにこの結晶から抜け出さないといけないんだが……」


 父さんがイグニスの意識が入っているオーブを気にしたのか、赤い単結晶ポイント型のオーブに視線を向ける。


『な、何? どうかした?』


 イグニスが話しかけると、父さんは何故か「悪い、イグニス」と謝ってきた。


「多分……というか、絶対に負担かけると思うから先に謝っとく」

『へ? それってどういう――ッ!? あ……あ、ちょ、ちょっと、待った!!』


 イグニスは一時中断を求めた。


『なんなんだよ、これ!? アチ、アチチ!!』


 悲鳴を上げても父さんは止めてくれなかった。

むしろ、この状況を楽しんでいるのか、「はーい、頑張れ頑張れ〜。後もう少しだから」と笑う始末。


『あ、悪魔! 鬼! 早く止めてくれよ!』

「んー、後もう少しの辛抱な。ほーら、頑張れ〜」


 言葉の節々にSっ気があると薄々感じてはいたが、この人は絶対にドSと言われる部類の人間なのだと確信したイグニスであった。

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