第9話 オーブからの提案

 イグニスは掌の上で赤色に煌めくオーブを怪しいと言わんばかりに睨んでいた。


 すると、父親だと自称するオーブから、『お前がそうなるのも無理はないな。信じてくれって頼むつもりはない。今から事実だけを勝手に話すぞ』と先程の厳しい口調とは打って変わり、穏やかな口調で話し始めた。


『俺は十四年前の戦いで〝ドラゴンの悪魔〟をギリギリのところで鎮静化させる事に成功した。だけど、俺がこんな姿になってしまったのは、使い続けていたオーブに問題があったからなんだ』


 イグニスは緊張気味に唾を飲み込んだ後、オーブから信じられないような話を聞かされたのだった。


『俺が今まで使ってたのは〝悪魔〟が宿ってたオーブなんだ。シンクロ率は一定の所まで上げないように調整してたんだが、どうしても完全同調フルシンクロせざるを得ない状況があってな。〝悪魔〟に身体を乗っ取られてしまったんだ』

「あ……〝悪魔〟が宿ったオーブ?」


 イグニスは予想外の内容に理解が追いつかず、嫌な汗が頬に流れるのを感じた。


「ちょっと待て! 〝悪魔〟が宿ったオーブなんて聞いた事もないぞ! 今までもいろんなオーブを使ってきたけど、俺がシンクロをして感じてきたのは〝人間〟の気配ばかりだった!」


 あり得ないというような口調でイグニスが言い返すと、『まぁ、そんな反応になるよな』と微かな笑い声が聞こえてきた。


『銀河連邦の奴らが使ってるオーブは〝人間〟をベースにして作られてる。でも、地球由来のオーブは〝悪魔〟がベースになってるんだ――あ、これ機密情報だからさ。軍の前でうっかり口を滑らさないように気を付けろよ? バレたら捕まっちまうかもしれないからな』


 ククッと意地悪そうに笑う声を聞きながら、「笑えない冗談はやめてくれよ……」とイグニスは思い詰めた表情になってしまった。


『とりあえず、俺の話はこれでおしまい。なぁ、さっさと〝グルヴェイグ〟を起動させて、外の状況を確認した方が良くないか? マリウスとニコが戦ってるんだろ?』


 そう言われて、イグニスはハッと我に返る。


「そうだ、早く起動させないと!」


 オーブの意識が完全に覚醒したお陰で、〝グルヴェイグ〟を起動させるのは簡単だった。システムキーボードのエンターキーを押すと、何も見えなかったコックピットが全天周囲モニターに切り替わる。


「良かった! ちゃんと動くぞ――っ!」


 ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、イグニスは目の前の光景に愕然としてしまった。


 まるで魚が群れを成すように〝蝙蝠の悪魔〟が、〝ヒルディスビー〟の後ろを追いかけ回していたのだ。


「マリウス先生、すげぇ……」


 非常事態なのにも関わらず、イグニスは目の前で行われている戦闘に釘付けになっていた。


 〝ヒルディスビー〟は縦横無尽に飛び回り、時には障害物を利用して敵の一部を無力化に成功していた。それでもしつこく追いかけてくる敵には、無数のビットを用いて緑色の光線を放ち、〝蝙蝠の悪魔〟を撃ち落としているが、敵の数が多すぎて攻撃してもあまり効果が出ていないように見える。


「クソッ! いくらマリウス先生でも、このままじゃ危険だ! 俺も加勢して援護くらいしないと――」

『ちょっと待て。お前は〝グルヴェイグ〟を操縦した事ないだろ?』


 オーブからの呼びかけに「ない! けど、ヴァルキリーの操縦経験はあるから大丈夫だ!」と返事をすと、オーブからわざとらしい大きな溜息が聞こえてきた。


『〝グルヴェイグ〟は他のヴァルキリーとは違って、装備も使える能力も特殊なんだ。お前が操縦しても使いこなせるとは思わないがな』

「じゃあ、どうしろっていうんだよ!? 何もしないまま見殺しにしろっていうのか!? 二人があのままやられるところなんて、見たくねぇよ!」


 イグニスがすかさず反論すると、オーブは『俺に提案がある』と話を持ちかけてきた。


『俺が〝グルヴェイグ〟を操縦するから、お前の身体を貸してくれないか?』

「……は? 俺の身体を?」


 何を言われたのかが分からず、イグニスはフリーズしてしまった。


『そうだ。一時的に借りるだけだから、そんな不安に思わなくていい。ちゃんとお前に身体は返すから――』

「そんな口約束、信用できるかよ! 大体、アンタはオーブの姿をしてるじゃないか! どうやって俺の身体を使って操縦するつもりなんだ!?」


 メリットが感じられない一方的な提案に、イグニスは怒りを露わにしてしまったが、オーブの方も負けじと、『悪いが迷ってる時間はなさそうなんだ』と冷静な口調で言う。


『〝ヒルディスビー〟は遠距離攻撃と味方のサポートに長けてるヴァルキリーなんだ。でも、あれだけの数の〝悪魔〟に追いかけ回され続けたら、いつか落とされちまう。俺も親友で家族であるアイツが目の前で死ぬ姿なんて見たくないんだ。頼む、イグニス。お前の力を貸してくれ』


 オーブから発せられた言葉には力が籠っていた。


「助けたいのは俺も同じなんだけど……」イグニスが不服そうに返事をすると、『じゃあ、一緒に戦おうぜ』と声をかけられた。


『俺とお前でマリウス達を助けるんだ』

「俺達で? マリウス先生を助ける?」


 イグニスはその言葉に目を大きく見開き、手に持っていたオーブを見つめる。


『あぁ、そうだ! 俺達が力を合わせたら、あんな数だけで押してくる雑魚なんて一瞬で片付く! なんてったって、お前と俺は血の繋がった親子だからな!』


 驚いて目を丸くしてしまったが、イグニスは思わず笑みが溢れてしまった。


「俺、アンタの事を父さんだって信用した訳じゃないんだけど?」


 オーブの方も距離が縮んだと感じたのか、『まぁ、こんな姿で色々言っても信憑性ないもんな』と笑ってくれたのだった。


『じゃあ、この戦闘が終わったら俺とお前が親子だって証明してやるよ。それまで楽しみに待ってな』

「う……うん、わかった」


 イグニスは顔面が急激に火照るのを感じた。

実はこの時、何故だか分からないがイグニスは父親から頭を撫でられたようなビジョンが浮かび、少しだけ胸が熱くなってしまったのだった。

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