第8話 オーブの中にいた者

「わわっ! と、とと、止まれっ!」


 いきなり宇宙空間へ放り出されたイグニスはクルクルと回転しながらも、〝グルヴェイグ〟のコックピットに辿り着く事ができた。


 格好悪く操縦席にしがみ付くと自動で扉が閉まり、コックピットの中は完全な暗闇に包まれる。


「いてて……。いきなり宇宙空間に放り出されるとは思ってもみなかったな。マリウス先生は待機って言ってたけど〝グルヴェイグ〟を起動させて、さっさとアスガルドに帰ろう。アスガルドの近くまで行けば、軍が助けてくれるはずだ!」


 急いで操縦席に座り直し、試しにシステム用キーボードを弄ってみる。すると、モニターに〈VALKYRIE・GULLVEIG〉と表示され、下段に〈SHINRA・HIBIKI〉と表示されたが、イグニスはある違和感に気が付いた。


「俺が持ってるオーブの反応がない……って事は、父さんが使ってたオーブのエネルギーで動いてるって事なのか!?」


 首から下げていたオーブから熱さを全く感じなかったので、イグニスはとても驚いてしまった。


 ――これは余談であるが、人間に寿命があるようにオーブに秘められた力も有限である。


 普段使っているような家庭用品等は、調子が悪ければ一時的に休ませたり、部品を変えたりする事で長持ちする場合が多いが、オーブは他人と被る事がない特別な代物だった。


 それぞれに個性を持っている為、オーブのエネルギー回復方法も様々で、――学校から支給されるオーブは解析済み。ちなみにイグニスが持っているオーブは酒に浸す事――しかも、十四年経過していても、エネルギーが枯渇していないオーブに出会うのは初めての事だった。


「おい、返事をしてくれ! マリウス先生とニコが戦ってるんだ!」


 モニターの明かりだけでは暗くてよく見えないが、イグニスは〝特異体質者〟だ。『人や物に宿っている想いを読み取る能力』を頼りに、父が使っていたオーブに呼びかけてみる。


 オーブからの返事はなかった。しかし、目を瞑って耳を澄ませていると、『スゥ……スゥ……』という静かな寝息が微かに聞こえてきたので、イグニスは静かに立ち上がる。


「こんな非常事態に寝てるだなんて、どんだけ肝が座ってるんだよ! どこだ……どこにいるんだ……」


 寝息が聞こえてきたのは操縦席の後ろ側。

それもパイロットは弄らないシステムの基盤がある場所。その下の方から寝息が聞こえていた。


 簡易的なライトもないので暗闇の中、手探りだけでオーブを探していると、ちょんと指先に何かが触れた。イグニスはその辺りを満遍なく探っていると、細長い何かを発見したのだった。


単結晶ポイント型の真紅のオーブ……。間違いない、父さんのオーブだ!」


 操縦席に戻ってから肉眼で確認すると、父さんが使っていたオーブと全く同じ色と形をしていた。


 イグニスはオーブの中にいるであろう人物を起こす為、必死で呼びかけ始める。


「早く起きてくれ! 俺の家族がピンチなんだ!」

『チッ、さっきからうるせぇな。寝てるんだから静かにしてくれよ……』


 まさか舌打ちをされてしまうとは思わず、イグニスは面食らってしまった。しかし、ここで引くわけにはいかず、イグニスは声量を上げて呼びかけ続ける。


「だから、寝てる場合じゃないんだって! このままだと、お前も〝悪魔〟の群勢に襲われるんだぞ!? 十四年もの間〝グルヴェイグ〟の中に閉じ込められたまま、反撃もしないでヴァルハラ行きを決めるつもりか!?」

『……おい。さっきから〝悪魔〟だの〝グルヴェイグ〟だのと独り言にしては煩すぎるぞ。何を一人でごちゃごちゃ抜かしてやがるんだ、あぁ?』


 イグニスはコックピットの中で半ばヤケクソ気味に呼びかけ続けていると、オーブの中にいる人物は意識が完全に覚醒したようで、かなり不機嫌になっているようだった。


『なんだお前は? 俺の声が聞こえているのか?』

「聞こえてるよ! 俺の名前はイグニス! この機体の持ち主のであるシンラ・ヒビキの息子だ!」


 そう説明するのが手っ取り早いと思ったイグニスだったが、何故かオーブは黙り込んでしまった。


『……お前、イグニスなのか?』


 相手の警戒が少し薄らいだように感じた。


 しかし、今は長々と話している場合ではではないと判断したイグニスは「そうだ!」と声を張り上げる。


「そういうアンタは俺の事を知ってるのか!?」


 イグニスの問いかけにオーブは少し黙り込んだ後、『あぁ、よく知ってるよ』と返事があった。


『俺の名前はシンラ・ヒビキ。お前の父親だよ』

「…………は? と、父さん?」


 長い沈黙の末、イグニスは自分の心臓が不規則に脈打つのを感じた。

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