第6話 巨大な結晶

 浮遊している鉄屑を掻き分けながら進んでいくと、とてつもなく大きな結晶が見えてきた。マリウス先生も驚いたのか前に進むのを止め、複座に座っていたイグニスもあまりの大きさに身を乗り出す。


「マリウス先生、あれって……」

「拡大してみよう」


 マリウス先生がすかさずモニターを拡大すると、結晶の中にいたのはファンタジー作品に出てくるドラゴンと呼ばれているものだった。身を守るようにゴツゴツとした羽で身体を包み込んでいるが、今のところ熱源反応はない。


「なんだよ、この巨大な生き物……。もしかして、コイツも〝悪魔〟だったりするのか?」


 イグニスが驚きを隠せないでいると、「そのまさかだよ」とマリウス先生がすかさず肯定した。


「14年前、アスガルド近辺に突然現れた〝悪魔〟さ。コイツの個体識別番号は〝L-219〟で登録されてる。〝悪魔〟にしては珍しく〝光〟を使った攻撃をしかけてくる厄介な奴さ。シンラ君も僕もかなり苦戦を強いられたよ」


 当時の事を思い出したのかマリウス先生が渋い顔になる。

一方のイグニスは「こんな大きな個体、教科書でも見た事ないぞ……」と率直な感想を述べていた。


 〝悪魔〟という謎の生命体は二足歩行で歩く人間とは異なり、蝙蝠のような姿をしていたり、大きな怪鳥の姿や昆虫のような姿を取っていたりと様々である。


 しかし、このような姿をした〝悪魔〟を初めて見た為、イグニスはモニターから目が離せないでいた。


 暫くして、ニコが『うぅ〜』と苦しそうな呻き声を漏らし始めた。


『マリウス〜、早くここから離れようよ。きっとコイツの処理に困ってるから、政府関係者以外立入禁止になってるんだよ。僕、また片腕を吹っ飛ばされるの嫌だよ〜!』


 ニコの涙声を聞いたマリウス先生は「そうしたいのは山々なんだけどねぇ……」と申し訳なさそうに話を切り出す。


「ごめん、ニコ。先に謝らなきゃいけないみたいだ」

『……何? もしかして〝グルヴェイグ〟がいるのって、アイツの近くだとか言わないよね?』


 ニコの声を聞いただけで不服だという感情が伝わってきた為、マリウス先生は苦笑いで「うん、そのまさかだね」と答える。


 マリウスが画像を更に拡大するとドラゴンの姿をした〝悪魔〟の胸元辺りに赤色の機体が一緒に固まっている姿が見えた。


『う、嘘でしょ。もしかして、今から〝グルヴェイグ〟を……』

「そのまさかだよ。〝グルヴェイグ〟だけを結晶の中から取り出すのさ」


 それを聞いたニコは絶句した後、『うぇぇ……』と小さく嗚咽を漏らし始めたのだった。


◇◇◇


 なんとかニコを宥めて説得した後、マリウス先生は宙に浮かび上がったコントロールパネルを操作し、装備する武器を選んでいる最中だった。


『……ねぇ、マリウス。本当にやるの?』

「勿論。そうしないと〝グルヴェイグ〟をあの結晶の中から取り出せないだろ?」


 マリウスの返事を聞いたニコはハラハラと心配し始めた。


『う〜、それはそうだけどさぁ……。あのでっかい〝悪魔〟起きるんじゃない? 大丈夫なの?』

「その心配はなさそうだけどね。今のところは」

『い、今のところはって……。うわぁぁんっ、マリウスのバカバカバカーー!! 早くお家に帰ろうよーー!!』


 ニコの話を流しながら作業を続けるマリウスをよそに、イグニスはモニターをジッと見続けていた。14年の時を経て、父が使っていたヴァルキリーがあんなにも綺麗な状態で発見されるとは思わなかったのだ。


 〝グルヴェイグ〟という機体はイグニスの父、シンラ・ヒビキが操縦していたものだ。記録でしか見た事はないが、派手な赤い機体カラーが特徴的で、手足には猛禽類を思わせるような鋭い鉤爪が備わっている。


 この鉤爪は肉弾戦にもつれ込んだ時に威力を発揮する物で、他にもオーブから供給されたエネルギーを炎に変換するのが得意だと記録にまとめられていたが、どのように攻撃するのかあまりピンときていなかった。


「あの、マリウス先生」

「うん? あぁ、どうしたんだい?」

「先生は俺の力が必要だって言ってたけど、具体的に何をすれば良いの?」


 イグニスが言いづらそうに聞くと、マリウス先生は「あぁ、ごめんよ」と謝ってきた。


「今から遠距離圧縮射撃砲レネゲードランチャーを起動させて、あの巨大な結晶の一部を壊して〝グルヴェイグ〟を取り出そうと考えてるんだ。その後はコックピットの開錠信号を送って、機体の中を確認するつもりだよ。何も問題がなさそうだったら、イグニス君が〝グルヴェイグ〟を操縦して、アスガルドへ帰還するっていう流れになるかな」

「えっ!? 俺が父さんの機体を操縦するの!?」


 イグニスの反応にマリウス先生はニヤリと笑った。


「そうだよ。〝グルヴェイグ〟はシンラ君の物だし、遺留品は遺族に渡されるっていう決まりなんだ。君が操縦しても何ら問題はないし、学園に戻ってそのまま〝グルヴェイグ〟を使っても良いしね」

「マジで!? うっわ、どうしよう……俺、めちゃくちゃ嬉しいんだけど!!」


 最初は父が使っていたというオーブを探すというのが目的だったが、父が使っていた〝グルヴェイグ〟を発見したうえに自分が操縦できるとは思わず、気が付けばイグニスは複座から立ち上がっていた。


(これで父さんが使ってたオーブさえ見つければ、思うようにヴァルキリーを操縦できるかもしれねぇ! そしたら、もうソフィアに負ける事もないかも!)


 見るからにテンション上がったイグニスを見て、マリウス先生は「少しは楽しくなってきた?」と聞いてきた。


「めちゃくちゃ楽しくなってきた! そうと決まれば早くあの結晶をぶっ壊そうぜ!」

「勿論、そのつもりだよ」


 イグニスは鼻息が荒くマリウス先生を急かすと、コントロールパネルを操作し、遠距離圧縮射撃砲レネゲードランチャーを起動させたのだった。

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