第5話 デブリベルト

『しあわせはぁ〜、あるいてこない。だーから、あるいてゆくんだねぇ〜。いちにちいっぽ! みーっかでさんぽ! さぁーんぽすすんで、にほさがるぅ〜。じんせいはぁ〜、わんっ、つー、ぱんちっ! えへへっ、僕のお気に入りの歌〜! どう? 上手いでしょー?』


 ニコの歌を聞きながら、イグニス達はデブリベルトを目指して進んでいた。


「今日はいつも以上に機嫌が良いね」


 マリウスが聞くと、ニコは『うん!』と嬉しそうに返事をした。


『今日はイグニスも一緒だからね! 皆で悪い事してる最中だから、ドキドキとワクワクで胸がい〜っぱい!!』

「フフッ、ニコが楽しそうで僕も嬉しいよ」


 現在、マリウス先生がニコと談笑しながら〝ヒルディスビー〟を操縦し、イグニスはパイロット席の横に設置された簡易的な複座に座る形で同乗させてもらっている。


 本来であれば、ニコのように大興奮で〝ヒルディスビー〟に乗っているはずなのだが、イグニスがテンションが低いのには先程のやりとりに原因があった。


「……ねぇ、マリウス先生。俺達、お偉いさん達に呼び出されて怒られたりしない? 俺、中等部から高等学校に上がったばっかりなのに、退学になったら嫌なんだけど」


 イグニスの気持ちが沈んでいる理由――。

それは目的地であるデブリベルトが政府関係者以外の立入を禁じている場所だと知ってしまったからだ。


 ソワソワと落ち着かない様子のイグニスを見て、「アハハ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」とマリウス先生は笑っていた。


「僕も君と同じ〝特異体質者〟だって事を忘れたのかな? 僕は〝声を使って他人を思い通りに操れる〟んだよ? 管理局のお堅い連中を欺くなんて、僕にとっては造作もない事さ」

「先生の能力は忘れてないけどさぁ……。俺、嘘をつくのが下手だし。アスガルドに戻った後で偉い人から尋問されたりしたら、どうしたら良いか分からないんだけど……」


 イグニスが消え入りそうな声で言うと、マリウス先生は小さく微笑んだ。


「イグニス君はシンラ君と違って真面目だよね」

「えっ……俺って父さんに似てないの? もしかして、母さん似?」

「いいや、父親似だよ。初めて君を見た時、シンラ君がもう一人増えたのかと思ったくらい。でも、中身は全然違った。イグニス君はたまに大胆な所があるけど、シンラ君は破茶滅茶で破天荒な男なんだ。自由な彼といると楽しくて、僕もこんな感じになっちゃったけど」


 マリウス先生が操縦桿を傾けて、浮遊していた大きな鉄屑を避ける。すると、その先におびただしい数の鉄屑が帯状に浮かんでいるのが目視で確認できた。


「さぁ、着いたよ。ここがデブリベルトの中心、〝鉄屑の揺籠〟と言われている場所だ」


 十四年経過した今でも、デブリベルトは当時のまま保存されていた。


 ヴァルキリーの破損した手足の一部や骨格フレームが剥き出しになっており、赤黒く錆びた状態で朽ち果てている。


 よく見ると、大きな薬莢や砲身の破損した武器なども浮遊していたので、デブリベルトはより殺伐とした空気に包まれていた。


(これは……かなり酷い有様だな……)


 歴史の授業等で戦争後の戦地を写真で見た事はあったが、実際に悲惨な光景を目の当たりにすると、言葉が出てこなくなるのだと初めて知ったのだった。


(どのヴァルキリーもボロボロで朽ち果ててるのに、悪魔の死骸だけは政府が回収したのか。こんな状況で遺留品なんて見つかりっこないだろ……)


 イグニスはモニターから目を背けてしまったが、マリウス先生の見解は違ったのか、モニターをジッと見つめたまま眉根を寄せていた。


「妙だな……」

『マリウス、どうかした?』

と思ってね。僕の予想では、シールドを展開しながら前に進まなきゃと思ってたんだけど、これは少し拍子抜けというか……」


 当時の状況を知らないイグニスから見ると、あちらこちらに鉄屑の残骸が浮いており、とてもじゃないが綺麗だとは思えなかったが、マリウス先生の目には違うように映っていたらしい。


『一旦、引き返す?』


 ニコの問いかけにマリウスは少し考えた後、首を左右に小さく振った。


「いや……とりあえず、進んでみよう。シンラ君が戦った場所はもう少し先のはずだ。そこで


 マリウス先生が言った言葉の意味が分からなかったが、とりあえず今は黙って先生に付いていこうとイグニスは思ったのであった。

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