第4話 マリウス先生からの依頼
ちゃんとした紹介が遅れてしまったが、学園の格納庫に向かって走っている彼の名前はシンラ・イグニス。アークス高等専門学園のパイロット科に通うピカピカの一年生だ。
赤い髪に赤い目をした幼さが残る印象の少年で、顔はまぁまぁイケてる方。成績も悪くはないが、良くもない。ごく普通の少年である。
イグニスが通っているアークス高等専門学園は、ヴァルキリーのパイロットを養成する名門校の一つで、パイロット科の他にメカニック科、プログラミング科、オペレーター科の四つで構成されている。
学生の中には持ち前の才能を買われ、既に軍に奉公している者やバイトに励む学生達もおり、イグニスは後者に属する者だった――。
「えっ! マリウス先生の機体に乗っていいの!?」
格納庫内でイグニスが驚きの声をあげると、パイロットスーツに身を包んだマリウス先生が、「静かに」と人差し指を自分の口元に当てた。
「声が大きいよ、イグニス君」
「ご、ごめん。いつも乗っちゃ駄目だって言われるから驚いちゃって……」
マリウス先生の愛機である〝ヒルディスビー〟と呼ばれるヴァルキリーを、イグニスはキラキラとした眼差しでキャットウォークから眺める。
〝ヒルディスビー〟のカラーリングは黒一色。
オーブのエネルギーを循環させると、緑色のエネルギーラインが見えるようになる為、ガラッと印象が変わるのが特徴だ。
いろんな武器が扱えるように人間のように五指に分かれており、男性が乗る機体にしては珍しく腰回りにハニカム模様のスカートのような物が装着されている。
これは攻撃や防御をする時に使用する物で、ハニカム模様のスカートがパズルのように崩れ落ち、ビットで敵を狙い撃ちする仕組みになっているらしい。
(まさか、この機体に乗る事ができる日が来るだなんて思ってもみなかったなぁ……)
生まれて初めてマリウス先生のヴァルキリーに乗れる――。そう考えただけで、イグニスの胸が期待で高鳴った。
「それで!? 今日のバイトの内容は!?」
「今日はね、僕の個人的な依頼なんだ」
「えっ、マリウス先生の……?」
イグニスは少し驚いてしまった。
というのも、今までのバイトはマリウス先生を通じて、誰かからの依頼を受ける流れだったので、今日のような展開は全く予想していなかったのだ。
マリウス先生に「今から説明するね」と声をかけられ、イグニスは我に返る。
「〝ヒルディスビー〟に乗って、僕とデブリベルトに行って欲しいんだ」
「デブリベルトに? それって俺の父さんが失踪したって言われてる場所だよね?」
銀河連邦軍のエース、シンラ・ヒビキ。
現在、イグニスが暮らしている宇宙船・アスガルドを千を超える悪魔の軍勢から救った英雄でもあり、イグニスの実の父でもあった。
一体、デブリベルトに何の用があるのだろう? イグニスの疑問をよそに、マリウス先生は話を続けた。
「彼の遺留品だけ見つからなかったのが、ずっと心残りでね。前々からイグニス君とデブリベルトに行きたいと思ってたんだ」
「そ、そうなんだ……」
イグニスは幼すぎて父親の事も母親の事も全く覚えていなかった。
母親はとある事件に巻き込まれて行方不明になり、父親も悪魔の軍勢と戦った末に行方不明。
二人とも生死は分からず、親戚もいなかったイグニスを引き取ってくれたのが、父の親友であるマリウス先生だった。
「えっと……それって、俺が一緒に行く必要ってある? ほら、俺の父さんが行方不明になったのって、十四年前の話だからさ。その……」
今更、父の遺留品なんて探しても見つかるわけがない――。
喉元まで出かかった言葉をなんとか飲み込むと、マリウス先生は何かを察したのか、イグニスの頭を優しく撫でてきた。
「どうしても、僕がシンラ君の遺留品を探したいんだ。その為には君の力も必要になる。お駄賃は弾むから頼むよ」
珍しくマリウス先生が真剣な表情で頼み込んできたので、「……そこまで言うならついていくけど」と答えた。
「それじゃあ、行こうか。〝ニコ〟起きてくれ」
マリウス先生が〝ヒルディスビー〟に向かって、呼びかけると、機体の目がグリーンに輝き始めた。続けて『ふわぁぁ〜……』と欠伸をするような声が格納庫内に響き渡る。
『あれっ、マリウスとイグニスじゃん!! どうして、こんな時間に二人がここにいるの!? まだお昼過ぎだよね!?』
声の主は〝ヒルディスビー〟から聞こえてきた。
より厳密にいうと、マリウス先生のオーブに宿っている〝ニコ〟という名前の男の子がヴァルキリーを通して喋っているのだ。
「今日の授業はお昼までなんだ。今から僕とイグニス君でデブリベルトに行くんだよ」
『デブリベルト? そこって僕の記憶が正しかったら、政府関係者以外立入禁止になってるエリアだよね? どうしてそんな所に行くの?』
〝ニコ〟の言葉を聞いたイグニスは「えっ……」と小さく驚きの声をあげた。しかし、マリウス先生は特段気にする様子もなく、「そうだねぇ」と悪戯をする前の子供のように笑う。
「僕達は今から探し物をしに行くんだ」
『何を探すの?』
マリウス先生はイグニスを一瞥した後、こう答えた。
「シンラ君が使ってたオーブを探しにいくんだよ」
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