第3話 特異体質者

「あー、ちくしょう!! また負けちまった!!」


 機体の中から這いずり出てきたイグニスは、悔しそうに地面に拳を叩き付けた。


「ったく、これで何回目の負けになるんだ?」

「99回目の負けになるわ。私と勝負してるのなら、ちゃんと覚えときなさいよね」


 ソフィアは腕を組んでイグニスを見下ろしてきた。


「それにしても、いつになったら私に勝てるようになるのかしらね? このままだと卒業を迎える頃には三桁どころの話じゃなくなるんじゃない?」


 ソフィアは憂いを帯びた表情で、わざとらしく溜息を吐く。彼女の安い挑発を聞いたイグニスは起き上がって反論し始めた。


「う、うるせぇな! 俺だってシンクロ率さえ高かったら、連敗する事なんてねぇんだよ! 現にシュミレーターを使った訓練じゃ、お前に負けた事ねぇじゃんか!」

「シュミレーターの成績が良くても、ヴァルキリーを動かせないんだったら意味ないでしょ。戦場では待ったなんか通用しないわ。動けない機体は〝悪魔〟から見れば格好の的なの。その年でヴァルハラへ行きたくなかったら、自分に合うオーブを死に物狂いで探すことね」


 ズバズバと正論をぶつけてくるソフィアに対して、一言も反論できないイグニスであったが、相性の良いオーブが見つからないのには訳があった。


 クラスメイト達には明かしていないが、イグニスは〝特異体質者〟と呼ばれる人間だった。


 〝特異体質者〟である者は『肉眼では見えない物を見る能力』を持っていたり、『近未来を予知する能力』を持っていたりするのだが、イグニスは『人や物に宿っている想いを読み取る能力』を持っている。


 本来であれば人の役に立つ能力のはずだが、その能力を上手くコントロールできていないせいで、いろんな人の想いが頭の中に響き、ヴァルキリーの操縦に集中できない状況を作り出していたのだった。


(今回のオーブは学校から支給された中で最悪と言える代物だった! 中にいた奴と話をしようにも何故か酔っ払ってるし! このオーブとシンクロしてから、俺の身体からも酒の臭いが漂ってきて吐きそうだったぜ!)


 今回、イグニスが使用したオーブの中にアル中気味のオッサンが宿っていた。


 あのまま操縦桿を握っていたら、オッサンの想いがイグニスの頭に流れ込み、『お嬢ちゃん、可愛い顔してるねぇ!』と言い放つ所だった。


「本当に危ない所だったぜ。あのままシンクロを続けてたら、今頃どうなっていた事やら……」


 模擬戦専用区域での会話は不正行為や死亡事故を防ぐ為、学園中に生中継される。なので、誰が聞いてもびっくり仰天な発言をしてしまえば、悪い意味で注目の的になってしまうのだ。


「はぁ……なんで俺ってこんな体質なんだろ……」

「さっきから何の独り言を言ってるのよ、気持ち悪いわね。ほら、さっさと立ちなさいよ」


 ソフィアが手を差し伸べてきたので、イグニスは素直に手を取って立ち上がろうとしたが、合わないオーブとシンクロしていた影響か、バランスを崩してソフィアに寄りかかってしまった。


「ちょっと、フラフラになってるじゃない! どうしよう、少しやりすぎちゃったのかしら……。気分は悪くない? ちゃんと寮まで帰れそう?」


 いつも強気で自信満々なソフィアが本気で心配してくれているようだった。


 しかし、自分が〝特異体質者〟という事実を明かす訳にはいかず、「大丈夫、少し躓いただけだから」といつも通りに振る舞った。


「そんなに心配そうな顔すんなって。学費を少しでも稼ぐ為にバイトもしなきゃ駄目だし。財閥出身のお嬢様とは違って、苦学生は楽じゃないんだからさ」

「じゃあ、保健室で少し休んだらどう? 横になったら今より楽になるかも――キャッ!」


 イグニスは前触れもなくソフィアの手を強めに引いた。足がもつれて転けそうになったソフィアをフォローしつつ、出口に向かってスタスタと歩いていく。


「そんなに俺の身体を心配してくれるなら、ソフィアの部屋に行くのは明日でもいいか? 今日はバイトが入ってるし、ゆっくり食えなさそうなんだよ」

「それは構わないけど、そんな状態でバイトなんてできるの?」


 ソフィアはより心配そうな表情になった。


 彼女がここまで他人の心配をする理由は他にあるのだが、について話してくれた訳ではないので、イグニスはその事には敢えて触れず、いつも通りに振る舞った。

 

「本当に大丈夫だから、そんな心配そうな顔すんなって! あ、そうだ。何食べたいか考えてメールしといてくれよ。材料を買って行くからさ」

「わかったわよ。相変わらず忙しい人ね。後でメールを送るから今日中に返事してよね」


 イグニスは手を振り、「おう! じゃあ、また後でな!」と声をかけてその場を後にした。


 ちなみにこれは余談だが、まだ模擬戦専用区域から出ていなかった為、この会話が学園中に筒抜けだという事を二人はまだ知らない。

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