第24話(最終話)


 9月1日。

 

 「え゛」

 

 「さっき、言った。

  わたし、こっちに住む。」

 

 は、はぁ?

 

 「唯。

  学期がはじまったら、帰るんじゃなかったの?」

 

 「そんなこと、一度も言ってない。

  啓の部屋に、ゲーム3台持ち込んだし、

  よきスペックのゲームミングPCも注文通り来た。

  朝も夜もばっちり。」

 

 あ、あのねぇ。

 

 「父さん帰ったら、

  やんわり怒られると思うよ?」

 

 「ぐぅっ!?

  そ、そんときはそんときっ。」

  

 あ、少し強くなってる。

 やっかいな。

 

 「通信の過程、夏休み中に、ぜんぶ終わってる。

  あとは、ちょこちょこ、出してくだけ。

  計算したら、学期に15回だけ出席すればいい。

  タクシーでいける。」

 

 え゛

 そんな緩いの? 通信制、そんななの??

 っていうか、往復で2万円はかかるけど。

 

 「30万なんて安い。

  啓と住むなら、3000万でもいい。」

 

 それ言える16歳、世界中でどんだけいるんだろうな。

 ……こうなったらもう、諦めるか。

 なんせ、唯だし。常識で測れっこない。

 

 ぴんぽーん

 

 あ、来たか。

 

 「むっ。」

 

 「おはよう、啓君っ!」

 

 っていうか、絃。

 こっちが出迎える前に、普通に鍵、開けてるよね。

 いつのまに。

 

 「えへへ。」

 

 ……この儚げにしか見えない小柄な娘が、

 二日前に、大勢の業界人の前で、

 誰もが知るどスタンダードナンバーを、

 あんなに深く、激しく、包み込むように歌いきってしまったんだよな。

 

 覚悟の上とはいえ、ずっぱりと本名で出て、

 姿かたちを替えてないから、バレないほうがおかしい。


 『AIを圧倒!

  加島愛実昭和の大歌姫の生まれ変わり?


  彗星の如く現れた儚い系美少女歌姫、

  <御園詩姫>こと、柚木絃について』


 まとめサイトが雨後の筍のようにできてしまっているし、

 どこから流れたのか、前髪の隠れた中学の卒アルと、

 隠し撮りされていたであろう、高校の制服写真がしっかり流出してる。


 めぐみによると、学内のSNSは、

 表も裏もすさまじい量の書き込みが流れてるらしい。

 まぁ、めぐみもバリバリ当事者なんだけど。


 今週末には、大手FMラジオへの出演も控えている。

 各メディアに顔出しを要求されるのも時間の問題だろう。

 高校側に活動を止められるかもしれないし、自主退学を要求されるかもしれない。

 原田さん宅は勿論、この部屋とて、ストーカーのターゲットになりかねない。


 一学期とは真逆の、嵐のように騒々しい日々になる。

 それ、でも。

 

 「あはは。

  朝ごはん、こっちで食べるの、久しぶりだね。」

 

 「ずっとスタジオだったからね。

  っていうか、これ、唯?」

 

 「然り。

  〇し〇やのスープセット。」

  

 うわ。めっちゃ高いやつじゃん。

 1セット3000円くらいするやつ。

 

 「贅沢を覚えたね、唯。

  父さんにそこそこ怒られるよ。」

 

 「ち、違うっ。

  これは、その、啓ん家へのギフトっ。」

 

 ……はは。

 なんだろうなこの不可思議な日常感。


 あ。

 ……大台、か。

 

 「絃。」

 

 「ん?

  なに?」

 

 僕は、スマートフォンを指す。

 覗き込んだ絃の眼が、大きく見開かれた。

 

 『専業主婦御園さんの、暇つぶし歌謡劇場

  チャンネル登録者数 30.01万人』

 

 「う、うん。

  ……凄い、ね。

  ほんと、信じられない。」

 

 ほんと、桁外れだった。

 銀の盾なんて、通過点ですらなかったんだ。

 

 「なんだ、まだこれくらいか。

  わたしのチャンネル、見るか?」

 

 ……

 比べる対象がおかしいし、ジャンルも違うから。


*


 「おう。」

 

 あぁ。

 

 「おはよう、康達。

  凄かったね。大活躍じゃないか。」

 

 「負けたけどな。」

 

 康達が率いたサッカー部は、IHの全国大会、3回戦で敗れた。

 それでも、34年ぶりの快挙で、

 校内の体育会系は大いに盛り上がっている。

 県大会では得点王だし、サッカー雑誌の取材も来たらしい。


 「全国への壮行会、顧問がしゃしゃり出ようとしたら、

  五輪出場経験のあるOB会の会長に

  20分くらい嫌味を言われたって聞いたけど。」

 

 「……はは。まぁな。」


 くだんの顧問、今日は休みらしい。

 生徒指導担当が学期初日休んでいいのか。


 「10月人事で離任もありえるってさ。

  行成先生言ってたよ。」

 

 おわ。

 っていうか、めぐみ、

 なんでそんな情報持ってるんだよ。


 「あはは、まーねー。

  サッカー部員も、おっかけ連中も、

  みーんな嫌ってる人だったからさー。

  団結心高めるのに使っちゃったよ。」

 

 あぁ。

 めぐみの髪が黒に戻ってる姿を見ると、

 あの河添リルハは一夏の幻にしか見えない。


 「めぐみが絃と同じクラスで良かったよ。

  今日は答弁地獄だろ。」

 

 「あはは、そのとーりー。

  廊下、見て?」

 

 え?

 う、わっ。

 災害時みたいな密度になってるけど。

 

 「いろいろブロックしてくれてるから、

  朝だけでもこっち啓のクラスいられると助かるんだよねー。

  

  あははは。

  まぁ、なるようになるさー。

  ね、絃ちゃん?」


 「う、う、うんっ。」

 

 ……はは。

 ははは。


*


 「おー。お前ら、生きてたかー。

  ひっじょーに残念だが、新学期はじまるぞー。

  席、ちゃんとつけー。」

 

 ……はは。

 物凄い日常感出てきたわ。

 

 「じゃー

  今日は転校生がいるからなー。

  この時期にめずらしいが、虐めたりすんなよー。

  俺がめんどくさいから。」

 

 ……あの、ねぇ。

 

 って

 

 え?

 

 「こ、

  こ、康達。」

 

 「あ、

  あ、あぁ。」


 (Ain_Tさんに、言われてましたよね。

  不用意についていくなって。) 

 

 あ、あれ。

 あれって。

 

 (……大丈夫。

  もう、大丈夫、だから。)

 

 あの、時の。

 

 あ。

 眼が、ばっちり合った。

 

 って


 こ、こっちに来て

 

 は

 

 え


 「お、おいっ!?」


 !!!

 だ、だ、抱かれてるっ!?



 「……やっと。

  やっと。

  やっと、見つけました。」

  


 (女難で死ぬ人、結構いるからさ)



 「わたしの、

  わたしだけの、様っ。」

 

 

 ぅ

 ぅわわわぁぁっ!!!!



襲われそうになっていた底辺歌い手を支えたら、修羅場が待っていた

第Ⅰ部


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