第23話


 ん……?

 豊原さん、か。


 <One Shotご出演、おめでとうございます!

  二人とも、可愛いいし、カッコよくて、

  誇らしい気持ちです!>


 あぁ。

 そういえば、豊原さんに告知してなかったなぁ。

 ってことは、めぐみ経由か。 


 ほんと、性格、真面目だよなぁ。

 こんな優等生タイプの娘が、ボタンの掛け違いで

 引き籠ってしまうんだから、人間関係は恐ろしい。


 ……こないだの娘、大丈夫かなぁ。

 めぐみも忙しいから、豊原さんが見てる感じなんだと思うけど。

 

 ……あの、時。


 (け、け、啓くんっ!!)


 あんな風に、躰が震えてしまったということは、

 めぐみもまだ、癒えてないってことなんだろうな。

 ……唯もそうだけど、ああいうのは、


 「おー、なんだこりゃ。

  春日君、きみ、また泊まり込んだな?」


 ……帰るの、めんどくさくなっちゃって。

 の収録、明日ですから。 


*


 8月29日。


 『7,734,178 回視聴』


 「来た、ねぇ。」

 

 ……うん。

 天井は全然遠いんだけど。

 知名度考えると、この数字は凄まじい。

 

 まぁ、これ、One Shotの数字だから、

 1割も入らないんだけど。

 金稼ごうとしてないから、こっち。

 

 「音楽雑誌とFMラジオの取材、来てる。

  受けるけど、いいね?」

 

 「企画書を見せて頂けるなら。」

 

 FMラジオでも、変なのはいっぱいある。

 泥を塗られたらかなわない。

 

 「……はは。

  そこは信用してくれていいよ。


  一応、四半世紀以上の経験はある。

  相手先、だいたいオレの知り合いだから。」

 

 うわ。

 

 「……すみません。僭越でした。」

 

 「はは。いいよ。

  君はそういうキャラだからね。」

 

 そういうキャラってなんだよ。

 っていうか、ラジオか。

 よく考えると、高校生の身でラジオなんて出て、大丈夫なのかな。


 「ま、それは、後だね。

  今日、だろ。」

 

 「……はい。」

 

 「仕上がり、大丈夫?」

 

 「……できる限り、やりました。」

 

 文字通り、命を、削った。

 僕じゃなくて、柚木さんが。


 「そ。

  じゃ、せいぜい、

  全力で負けに行こうか。」

 

 「はい。」


*


 一流のメーキャップアーティストとスタイリストを介し、

 儚げな容姿に磨きをかけた絃が、ペットボトルの水を飲み、

 マイクに身を寄せ、小さく息を飲むと、

 意を決したように瞳を輝かせながら、


 「……

  お願い、します。」


 右手を、力強く振り上げる。

 

 『愛悦歌』

 

 1950年代から歌い継がれた、

 シャンソン由来のどスタンダードナンバー。

 あらゆる著名ミュージシャンが一度は挑戦しており、

 戦略的には、絶対に避けるべき曲。

 

 フランス語版ではなく、日本語訳詩版を元に、

 ほとんど、アカペラのように。

 

 21世紀、ど真ん中の媒体で、

 20世紀のど真ん中を叫ぶ。


 生で歌えなくなったことが当たり前になった

 機械の上に居座るようになった声を、歌達を、

 傷むように。蹴散らすように。

 

 いたってシンプルな歌詞の中で、

 愛の尊さを、虚しさを、残酷さを、

 儚さを、哀しさを、素晴らしさを。


 生まれ落ちた瞬間から、

 歌と、人生と戦うことを運命づけられた17歳の少女が、

 その過酷で数奇な運命を。

 

 恨むように、慈しむように、

 叩きつけるように、叫ぶように。

 全世界に、己の生存を誇示するように。


 ……

 やば、い。

 いままで、泣いたことなんてなかったのに。

 

 心なんて、本当は、

 一度も動いたこと、なかったのに。

 冷酷さを、心の貧しさを、

 冷静な証拠だと、くだらない見得を張っていたのに。

 

 『fantastic memories』の時ですら、

 涙は、零れなかったのに。

 リハの時は、なんとか、やり過ごせたのに。

 真っ黒になった楽譜の中身を、すべての解釈を、

 予め知り尽くしていたはずなのに。

 

 「命を、飛び越え

  愛を、かわすの

  

  ただ、

  手を、とりあって


  ただ、

  それだけで」

 

 ……

 すご、い。

 迫られて、身体中を包まれてしまう。



  「ふたりの愛だけで

   生きていけるの」


 

 全身が、奥底から、震えが、止まらない。

 リハの時は、力を、隠していたんじゃないか。


 狙っては、いた。

 必ず合うと、思ってはいた。


 でも。

 ここまで、とは。

 

 (私、歌う時、

  啓君を、啓君だけを思い浮かべるの。

  啓君のために、啓君の心に届くことだけを考えて)


 ……あは、は。

 銀の盾なんて狭いところに閉じ込めようとしたのは、

 僕のほうだったんじゃないか。

 

 天才、だ。

 910ヘクトパスカル、極大の嵐だ。

 とてつもない大器だ。

 

 「……やった、ね。

  こん、なの、

  オレ、には、思いつかなかった。

  

  奇策だと、思ってたけど。

  これ、は、さぁ……。」

 

 似合わないストリートの服を羽織った希代の名プロデューサーが、

 堪えきれずに嗚咽を漏らす声音が、僕の耳をやけに強く打った。


*

 

 『2,612,142 回視聴』 

 

 この数字が、多いのか、少ないのか。

 どう考えても、One Shot向けの曲じゃないので、

 わかりようがない。

 

 ただ、

 業界内の反応は、凄まじかった。


 袖で聴いていた海千山千のはずの関係者達が、

 恥も外聞もなく嗚咽交じりの口笛を吹き、

 怒号交じりの鳴りやまぬ拍手喝采を送る音が、

 そのまま収録されてOne Shot上に流された。


 大小の問い合わせは引きも切らず、

 それどころか、

 

 「フランスのテレビ局から取材が来たよ。」

 

 え゛

 

 「断ったけどね。

  フラ語喋れる奴、オレらの周りにいないから。」

 

 そ、そんな理由??

 

 「あはは。

  まぁ冗談だけどさ、

  聞かれたって、答えようがないじゃん。」

 

 ま、まぁ、

 そうですけれども。

 

 「……

  春日啓、君。

  きみ、とんでもないことをやったんだよ。

  愛実昭和期の大スターの再来じゃないか。」


 僕じゃないですよ。

 全然、僕じゃなくて、柚木絃が凄まじいんですよ。

 

 「あのね。

  Uta、みてたでしょ。」

 

 ……それはまぁ、そうですけれども。

 

 「純金だろうが、石油だろうが、

  掘り当てる人と、加工する人がいなかったら、

  ただのゴミのままなんだよ。」

 

 ……。

 

 「きみは、凄い。

  正直、嫉妬する。」

 

 え。

 

 「ま、オレの側にいる限り、

  きみのことは、オレが護ってやるよ。」

 

 ……なんだよ。

 なんか、めっちゃかっこいいじゃん。


 「はは、ははは。

  なんかオレ、いい感じかも。」 


 ……草臥れて、

 コンビニでエロ本読んでるおっさんのようなナリなんだけどね。

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