第22話


 8月21日。

 

 柚木絃の業界デビューは、

 ネット上のOne Shot。


 これがアップロードされた瞬間、

 柚木絃と、御園詩姫は、

 同一人物だと、分かられてしまう。

 

 「……

  顔、隠すこともできるのにね。」

 

 それが、ケジメなのだろう。

 柚木絃として、歌手の道を

 踏み出す覚悟を決めたのだから。

 

 「お願いします。」

 

 一流のメーキャップアーティストとスタイリストを介し、

 儚げな容姿に磨きをかけた絃が、マイクの前で、

 小さく、手を振り上げる。

 

 『fantastic memories』

 

 シンコペーションを効かせたベースが鳴り響く。

 長いイントロの終わりばな、絃は、  

 DM7コードから始まる印象深いサビ頭を、朗々とマイクに乗せた。

 

*


 <え>

 

 <こ、

  これ、三十路じゃんっ!?>


 <騙り? 嘘?

  マジで!?>

 

 <三十路のページにリンク出た>

 

 <マジかよっ!!>

 

 <え、じゃぁ、

  このめっちゃ可愛い娘が、

  オレらの三十路だったってことかよっ!?>

 

 <(゚Д゚)>

 

 <いや、逆はあるけど、

  なにコレ。なんのメリットあるの??>

 

 <っていうか、ヤバくね?

  上手いじゃん。これ、One Shotだよ?>

 

 <凄い。

  可愛い、上手いっ!>


 <嘘つき

  騙したな。ありえない>

 

 <こういう騙され方なら大歓迎だわ

  っていうか、One Shotでこれなら、

  実力、マジで本物じゃん>

  

 <っていうか、詐欺じゃんこんなの

  俺らにメリットしかない詐欺ってなんなの>

 

 <神崎菫以来かも

  こんな低音、こんな深く歌えるの>

 

 <いま、三十路のページに

  リルアマネに所属してるって出た>


 <(*゚O゚)!!>


 <っていうか、

  歌、すごくない?

  やべぇ俺、鳥肌立ってるんだけど>


*


 ……はは。

 

 『1,138,476 回視聴』

 

 たった、8時間で。

 さすが、大手広告代理店経由は違うな。

 

 ……あぁ。

 

 『専業主婦御園さんの、暇つぶし歌謡劇場』

 

 ……阿鼻叫喚の地獄絵図だなぁ。

 

 (物理的なやつ殺〇予告以外、

  ぜんぶ、出したままでいく。)

 

 こっちのほうが嘘つきよばわりはずっと多いけど、

 それでも、2割もいかないな。

 3割は純粋な驚き、3割は高評価ってところだ。

 予想よりもずっと、感触はいい。

 

 一個だけ、捨てHNでproxy刺して書き込んでおく。

 

 「タイトルにほとんど嘘偽りはないぞ。

  暇つぶし歌謡劇場だし。

  歌ってるのはPN御園さん。

  専業主婦に、って感じじゃないの。

  

  いいじゃんなんでも、上手いんだから。

  お前ら、もっと、耳を喜ばせろよ。」

 

 ……最後、書き足しちゃったよ。

 蛇足だったかもしれないけど。

 

*


 「本名を晒してるから当たり前だけど、

  あっという間に高校名がバレたぞ。」

 

 ……覚悟、してました。

 夏休み中だから、ほんの少し時間を稼げるけど。

 

 父さんと話をした限りでは、高校としては、

 これを理由にただちに退学へ持って行くというのはできないようだ。

 

 生徒規則上、アルバイトは禁止されているけれど、

 アルバイトをしたから、即退学になった事例はない。

 ついでに言うと、自営業の扱いは微妙で、最近の例がないらしい。

 柚木さんの生活態度は悪くないので、

 夏休み明け折衝の中身次第という感触らしい。

 

 「……Utaの話をしてる奴もいるな。」

 

 Uta、即日消去しておいてほんと良かった。

 ローカルデータを事務所の金庫に保管できて良かったわ。

 Utaをローカルで持ってる人はさすがにいないだろうけど。

 音響が悪すぎたし。はっきりいってほとんど聴こえなかった。

 

 「あはは、予想以上の手応えだね。

  One Shotって、知名度ないと、

  100万いかないの珍しくないけど、2日で270万でしょ。

  上出来、上出来。」

 

 ほくそ微笑んでるなぁ。

 

 「地上波は出ない、いいね?」

 

 「はい。」

 

 これは、ただの確認。

 聞いているスタッフに余計な動きをさせないためだ。


 「理想はネットのCMなんだけどね。

  結婚相談所とかいいよね。はは。」

 

 ……ははは。

 曲から直ちに差し込み先を考えてるって、

 音楽側のプロデューサーの発想じゃないなぁ。

 

 「で、オーディションの件ね。

  こないだ演ったやつ。

  無事、落ちたよ。」

 

 大手出版社系アニメの主題歌の件ね。

 外資系大手の定枠だから、勝てっこないんだよね。

 

 「うん。

  でも、思ったより綺麗に負けられたよ。」

 

 ?

 

 「欲しい、ってさ。深夜アニメだけど。

  配給、コンプレックスライツだって。

  知ってる?」

 

 え。

 アニメ配給会社では大手じゃん。

 うわ。めぐみがそわそわしてる。

 アニメ好きと死んでも言えない顔してるなぁ。

 

 「あはは。

  次の次あたり、大きいのあるかもよ。

  映画とか。」

 

 ……次の次まで存続してるかな、このプロジェクト。


*


 で、と。


 「河添リルハ、ね。

  あえて覚えにくい名前にしたのかな。」

 

 「かえってインパクトあるかもですけど。」


 河添リルハ。

 髪色をスモーキーピンクアッシュにした檜山めぐみ。

 

 One Shotでのお披露目は、

 知名度の低さもあり、3日で37万回に留まったものの。

 

 『専業主婦御園さんの、暇つぶし歌謡劇場』

 

 <いや、え?

  この娘って、feat.で三十路と出てた娘じゃね?>

 

 <なにこれ。

  肌、めっちゃ若い。

  高校生? 大学生?>

 

 <っていうか、すっげぇ可愛いんだけど。

  え、え、この娘があれ、歌ってたの?>

 

 <同じ声。

  ぜんぜん同じ声。>

 

 <うわ、俺、

  200回廻しちゃったよ>

  

 それは仕様上1回しか廻ってないんだよ。

 

 <え、

  じゃぁ、三十路の中身がアレだったってことは、

  超美少女デュオってことじゃん>

  

 <うわわわわわ>

 

 ……女性ファン、ガッツリ減りそうだなこのチャンネル。

 

 <っていうか、

  いいよね、この声。

  明るいしフェミニンだけど、アニメ声っぽくない。

  そう、うん、ただただ可愛い>

 

 <歌詞、めっちゃ重くて辛い話なんだけど、

  この声、なんかずっと聴いてたいわ

  これはもう何回もリピートしちゃう>

 

 <天使

  天使天使天使天使天使


 <今日で三日連続来てる俺が通ります>

 

 <うわ、ライブでみてぇなぁコレ

  実物見たら、俺、絶対ファンになっちゃうわ>

 

 <物販しないのかな>

 

 <この二人、生でみてぇなぁ

  One Shotでこんだけ歌えてるんだから

  全然ライブ、成り立つでしょ>

 

 <おーい、

  フェス主催者、見てるかー?>


 ……打診があっても断りますが。

 

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