第21話
うーん。
明日まで、か。
……これで、行きたいんだけどな。
でも、さすがに……。
あぁ、心底悩ましい。
「どうした、啓。」
って。
「唯、また太った?」
「!?
ち、違う、
し、視聴者オススメのお取り寄せセットなんて
試したりしてないっ!」
いや、なにも聞いてないんだけど、こっち。
馬脚が勝手に出てくるよな、唯って。
「わ、わたしのことはいい。
啓、なにか、悩んでる。」
悩んでる、ってほどでもないんだけど。
まぁ、唯くらいのほうがいいのか。
「……そう、だなぁ。
ほら、流行り廃りってあるじゃない。」
「うむ。」
「一応ね、これまで、絃がらみで提案してる曲は、
流行から外れてるようでいて、
いまの流行の文脈でも受け取れるようなものを
出してきたつもりなんだよね。」
「うむうむ。」
「でも、
どうしても、絃にぶつけたい曲がある。
いまの絃なら、いまの絃だからこそ歌える、
歌って欲しい曲がある。」
絶対に、合うはず。
声質も、低音の伸びも、バイブレーションも、説得力も。
聴いて、みたい。
どう、歌うのか。歌いこなしてくれるのか。
きっと、想像もつかないものになるはず。
……
ただ。
「……その曲は、
どう考えても、21世紀のいまの流行、
まして、ネット上のそれには、全然結びつかない。
だから、これはプライベートで歌って貰って、
ネット向けのやつは別にしようかと思ってるんだけど。」
「駄目。」
え。
ゆ、唯?
「柚木絃、鋭い。
わたし、音楽、わからないけど、
啓がそういう気持ちで出してきてるの、
絃、すぐ分かる。」
あ、あぁ。
まぁ、それは。
「それに。」
それに?
「啓が、楽しくない。」
……それはまぁ、そうだけど。
「17歳の夏、一度きり。
つまらないモノを出すのは、
思い出によくない。」
……え。
一番、そういうの考えなそうな唯が。
「わ、わたしだって、
そういうの、考える。
ふつうの高校、いけてたらなって、
思うこと、一年に五十回くらいはある。」
……まぁまぁあるな。
そんなこと、父さんに言ったら、
「安心する。五千万回くらい、
いまのままでよかったって思う。」
……はは。
「伊熊昭三、優秀だし、賢い。
ぶつけてみて、駄目なら、駄目と言う。
そしたら、また考える。
ぶつける前に引っ込めるのは、
啓の悪癖。よくない。」
……はは。
まさか、唯に、叱られる日が来るとは。
「啓が柚木絃に歌って欲しいと思ってる曲、
皆も、聴きたいはず。」
……あ。
「わたしは、聴きたい。」
……唯。
「……
でも。
わたし、不満。」
……ん?
「せっかく夏休みなのに、
啓、スタジオ帰ってこない。
もっと唯だけを朝から晩まで構うべき。」
……はは。
*
「で、と。
最後の1曲が、これ、か。」
はい。
めちゃくちゃな賭けなんですが。
「……
正直、意外だよ。
超スタンダードだし、
大御所も含めて、カバーしてる人めちゃくちゃ多い曲じゃん。
君、こういうもの、勝負しないと思ったけど。」
普通なら、しないんだけど。
「さっきの話と同じなんですけれど、
いまの絃なら、負けるにしても、
綺麗に負けられそうな感じがするんですよ。」
「……はは。
大した自信だねぇ。
彼女のことだから?」
いや、絃は大切なパートナーではあるけど、
交際関係にあるわけじゃ。
「えぇ?
じゃ、めぐみちゃんなの?」
「めぐみにはちゃんと、彼氏がいますよ。」
「えぇぇぇ??
全然そう見えないんだけど。」
「うちの高校のサッカー部のエースストライカーです。
容姿で言ったら、めぐみと並びますよ。」
「そうなの?
うわ、いまどきの女子高生、わっかんねぇなぁ。
じゃ、唯ちゃんとか?」
「唯は従姉妹です。」
「従姉妹、結婚できるじゃん。」
……唯みたいなことを言うなぁ。
「……ははは。
まぁ、よくわかんないけど、
せいぜい殺されないようにね。
この業界、
女難で死ぬ人、結構いるからさ。」
なんてこと言うんだよっ。
*
う、わ。
「IH、決まった?」
「うん。
大番狂わせだって。
34年ぶり、かな?」
……ホントだなぁ。
推薦できてる連中ばっかりだってのに。
「OBがめっちゃ盛り上がってて、
凄いことになってたらしいよ。」
らしいよ、って
エースストライカーの彼女、祝勝会出ないのかよ。
「出たら揉めそうなんだもん。」
そのための彼女なんだけどなぁ。
「っていうか、
こーくんのほうが、来てくれるなって。」
は?
「……いろいろ、気、
使って貰っちゃってる。」
……あいつ、優しいからなぁ。
いまこそ彼女、使い時の筈なのに。
「IH、ちゃんと応援いけよ。」
「行かないよ。」
え゛
「あはは、喧嘩とかしてないって。
私、サッカー、詳しくないんだよ。
それに、啓くん、言ったよね。」
ん?
「サッカーじゃない康達を知ってる奴がいいって。」
うわ。
それはまぁ、言ったけど。
「あはは、ちゃんと繋がってるよ。
RINE、毎日やりとりしてるし。」
……まぁ、交際関係はひとそれぞれ、か。
お互いがそれで満足してるなら。
そういえば。
「めぐみは、芸名で行くんだね。」
「あ、うん。
さすがに本名はヤバい。」
はは。
それがまぁ普通だよな。
河添リルハ、かぁ。
由来がいまいちわからないんだけど。
「私なんてさ、所詮忘れられる側。
だから、絃ちゃん、
ほんとに覚悟、据わってると思う。」
……忘れられる側、ねぇ。
「子役のこと?」
「うがっ。
……Ikumaさん?」
「違うよ。
ヒントは貰ったけどね。」
「……それ、ほとんど答えじゃん。
あー。なんか、
啓くんには知られたくなかったー。」
「だとすると、よく受けたね。」
「あ、まぁねー。
畑が違うからさー。
とか言ってるけど、正直いうとさ。」
「うん。」
「この夏、
啓くんの近くにいたかった。」
え。
「って言ったら、どうする?」
ど、どうするって。
「あはは。あははは。
冗談、じょうだんだってば。
っていうか、さ。」
ん、ん??
「啓くん。
どうして、この歌詞なの?」
あ、あぁ。
「……分かるよ。
どうして、私にこの歌詞なの?」
……
愛を誓ったはずの人とのすれ違いをイメージしていたけど、
「……なんとなく、
これが、嵌りそうな気がした。」
いまの、めぐみに、
哀しいくらい、当てはまってしまったから。
「……あはは。
そう、見えちゃってるんだ、私って。」
誰もが羨む眉目秀麗さでも、
サッカー部の彼氏持ってても、幸せに身を委ねてるとは言えない。
あぁもう、どっちももどかしいなぁっ。
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