第20話


 っていうか、ですね。

 

 「原田さん。」

 

 「ん、なんだ?」

 

 これ、どういう予算取りなんですか?

 

 「は?

  どういうことだ?」

 

 いや、

 お二人を何日くらい拘束できて、

 何日で成果を出す必要があるのかなって。

 

 「お前、中身おっさん入ってんのか?」

 

 んなわけないでしょ。

 唯の時にいろいろあったプロへ撮影依頼んですよ。

 

 「唯ちゃんの時、なぁ。

  鬼畜従姉兄シリーズだっけ?」

 

 そんなシリーズ名じゃないですが、

 そういう動画作ってたことはありました。

 週三で上げないと、視聴者減りますし、

 密度スカスカでも飽きられますし、結構ハードでしたよ。


 「……

  遊びにしか見えなかったが、

  意外に過酷なんだな。」

 

 はい。

 いろいろ侵入とかされますし。

 

 「……はは。いずこも大変だな。

  そういうことで言えば、

  いまんとこ、特に大きな制約はないな。

 

  きみが余計な気を廻さないように言っちまうと、

  このスタジオ、伊熊のプライベートマネーで抑えてる。」

 

 は。

 

 「あいつ、

  このスタジオ、出資者だからな。」

 

 え。

 

 「まぁ人に貸せば、1日10万とかは出るよ。

  ただ、それは貸せばの話。

  法人持ちだけど、つづめてしまえば

  あいつの私物だから、ココ。」

 

 う、うわぁ。

 さ、さすが国内有数のプロデューサー。

 いろいろ、桁違いだなぁ。

 

 「俺は娘案件だからな。

  格安でやってる。」

 

 ……一応、金、動いてるのね。

 

 「まぁ、きみらの事情を見越して、

  夏休み中に終わるだろう、って読んでんだろ。

  なんせ3曲だし。」


 ……逆にいえば、1か月以上、

 有償でプロを拘束できてるってことじゃないか。

 責任、重大だなぁ。

 

*


 「絃。」

 

 「う、うん。」

 

 「……3曲のうち、

  1曲は、これでいこうと思う。」

  

 ……

 

 「!?

 

  ……うん。」

 

 まぁ、そうだよね。

 ただ、ね。

 

 「これを出す、ということは、

  絃が、御園詩姫だと、認めることになる。」

 

 三十代主婦じゃなかった、と騒がれることになる。

 バッシングも確実に来るだろう。

 

 「避ける手も、ある。

  遠慮しなくていいよ。」

 

 「……

  

  あの、ね。


  デビューの話が来た時から、

  私、覚悟、できてる。」

 

 え。

 

 「だって、Utaやってた時、

  いろいろひどいこと、言われたから。」

 

 あ、あぁ。

 

 「あれよりひどいこと、言われないよ。

  だって、私、

  ちゃんと、歌えるようになってるから。」

 

 ……


 「啓君の、おかげだよ。

  ありがとう。

  ほんとに、ありがとう。」

 

 ……。

 

 「私、この曲を広めたい。

  お母さんが好きだった、

  お父さんと結ばれるために歌ったこの曲を。」

 

 ……あぁ。

 そんな、重ったい意味があったとは。

 

 「あと、ね。」

 

 ……?

 


  「私、

   で、デビューする。」


  

 え゛っ

 ほ、ほ、本名で!?

 

 「うん。

 

  私、生まれてからずっと、逃げてばっかりだった。

  でも、逃げても、いいことないし、

  どう隠しても、バレちゃう時はバレちゃうもん。」

 

 そ、そうだけど。

 

 「だって、ほら。」

 

 ……あぁ。

 完全匿名にしていて、

 フェスでも箱に入って歌う、歌い手出身の……

 

 げ。

 

 「ね?」

 

 ね、って。

 か、か、完全に本名、バレてる。

 こ、この人、元々子役だったんだ……。

 っていうか、同じ子役仲間からバラされるって。

 

 「高校、通えなくなるかもしれないけど、

  それも、覚悟、できてる。

  そしたら、唯ちゃんと一緒に通信制にする。」

 

 「……唯と相談した?」

 

 「……

  あはは、バレちゃった。」

 

 発想が唯っぽいんだもの。

 でも。

 

 「凄い、ね。」


 そういう踏み込み、

 僕は考えもつかないから。

 

 「……ぜんぜん。ぜんぜんだよ。

  私は、なにも持ってないから。

  ただ、全力でぶつかることくらいしかできないから。」

 

 そっ、か。

 成長が早いように感じたのは、

 いつも、本気で、全力でやってきてたから。

 僕みたいな半端モノと偉い違いだ。


 あぁ。

 凄い、な。


 こんなに小さな身体で、

 こんな儚い、消え入りそうな見た目なのに、

 前を向いている人だけが持つ、侵し難い輝きに溢れている。


 「そう、できるようになったのも、

  啓君の、おかげだよ。」

 

 ……。


 「私、歌う時、

  啓君を、啓君だけを思い浮かべるの。

  啓君のために、啓君の心に届くことだけを考えて


  ……


  ……!


  そ、そ、

  そう、すると、

  か、身体の奥から力が出てきて、

  い、一杯の力で、う、歌えるんだよっ。」


 ……

 また、耳まで真っ赤にしてるけど。


*


 「うん。

  この曲は、このままでいいよね。」

 

 「……はい。」


 『fantastic memories』

 

 もともとの絃の夢の通り。

 母との思い出の曲を、父と母が結ばれるはずだった曲を、

 できる限り広く、世に、広めたい。

 それを、叶えるまでで。

 

 「ただ、これを出す、ということは、

  覚悟、できてるってことだよね。」

 

 ……

 

 (デビューの話が来た時から、

  私、覚悟、できてる。)


 「絃は、

  本名でデビューすると言ってます。」

 

 「お、おおう。

  は、ははは。そうなんだ。

  正気じゃないねぇ。」

  

 「はい。」

 

 「……すごい、な。

  覚悟、だね。」

 

 「です、ね。」

 

 「はは。

  ……そっ、か。

  じゃ、せいぜい被弾を少なくするだけだね。」

 

 「はい。」

 

 「君は?」

 

 「……。」

 

 そんな覚悟は、ない。


 「はは、そうだろうね。

  君は弁護士さんの嫡子だから。」

 

 ……。

 

 「こないだお会いしたよ。

  いやぁ、お父上、しっかりした人だねぇ。

  こっちが緊張しちゃって。」

 

 うわ。

 

 「ま、それは後だね。

  あと2曲は?」

 

 ……出す、か。

 

 「……2曲目は、これで。」


*


 「うん。

  はは、めっちゃ面白いよ、これ。」


 ……よかった。

 今回、オリジナル曲だから、ほっとした。

 

 「の続きね?」

 

 「はい。

  めぐみが同じ事務所なので、

  まぁ、これだろうなと。」


 めぐみのために書いたわけじゃないけど。

 たまたま、めぐみに嵌ってしまっただけで。

 

 「どっちかっていうと、

  2000年代っぽい感じ?」

 

 「そうですね。一周廻ってココかなと。

  80年代っぽいやつだと、

  ちょっと手垢がついちゃった感じなので。」

 

 「まぁね。

  リルレラの逆を行く感じか。」

 

 「結果的には。」

 

 「ふぅん。いいと思うよ。

  めぐみちゃんが歌いこなせる範囲、

  よくわかってるよね。」

 

 ……はは。

 あんまりわかってないんだけど。

 

 「これ、スポンサー受けするなぁ。

  今日の案件に出すよ。」

 

 え。

 

 「出すだけね。

  出来レースみたいなやつだから。」

 

 あぁ。

 

 「ただ、出来レースんときに、

  こういうの出したほうが、

  かえってオレらの印象、良くなるのよ。」

 

 え。

 

 「綺麗に負けるっていうのは、

  次に繋がるんだよね。はは。」

 

 ……よくわかんないけど、任せてしまおう。

 

 「で、と。

  最後の1曲が、これ、か。」

 

 はい。

 めちゃくちゃな賭けなんですが。

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