第18話


 え。

 

 「おはよう、啓君っ。」

 

 ゆ、ゆずきさん。

 その、まだ、朝7時ですが。

 

 「うんっ。」

 

 うん、って。

 

 「泊まれないから、

  こうするしかないな通い妻って。」

 

 えぇ……。

 まぁ、もう、いいか。

 

 「入って。」

 

 「おじゃまします。」

 

 もう勝手知ったる他人の家だわ。

 って。

 

  「!」

  

  「っ!?」

 

 ……こう、なるよね。

 あぁもう、朝から激しく睨み合わないの。

 

*


 事務所は、かなり慎重に選んだ。


 一定程度の実績と知名度があり、

 トラブル処理ができ、不当な搾取を行っておらず、

 後ろ暗いところがなく、なによりも、ホワイトなところ。


 「ふぅん、リル・アマネかぁ。

  きみらしいね。」


 らしい、ってなんですか。

 

 「いや?

  普通なら、きみくらいの歳だと、

  もうちょっとうわついて、外資系大手に近い事務所とか、

  一流アーティストがいるところとか、

  ネームバリューの高いところとかを考えるよ。」

 

 「それ、意味あります?」

 

 「そこがきみらしいってことさ。

  はははは。」

 

 なんだそりゃ。

 

 「わかったわかった。

  いまからアマネの社長に通しておくから。」

 

 え。

 

 「今日の午後1くらいで電話が来るから、

  そのつもりで。」

 

 お、わ。

 なにこの、ものすごい展開の早さ。


*


 「わかった。

  さすがに家には帰れないけれど、

  音声通話で繋ぐのなら構わないよ。」

  

 助かるなぁ。

 僕だと、法律面とかいまいちよくわからないから。

 

 「ふふ。」

 

 な、なに、

 父さん。

 

 「いや。

  啓は、こういうことをやりたがらないだろうと

  思っていたからね。」

 

 「やりたがってはいないけど、

  乗りかかった船っていうか。

  唯の時と同じで。」

 

 「……。」

 

 あ。

 父さんに唯の話、しないほうがよかったか。

 高校、いまからでも全日制に入れるとかいいそう。

 

 「ちょうど、原田さんからも連絡がきたよ。」

 

 え。

 

 「同席するそうだよ。

  娘のことだからね。」


 あぁ、それはそうか。

 いろいろ助かる。業界相場感もわからないから。


*


 ふぅ。

 とりあえず、終わったか。


 「……私たち、ほとんど喋らなかったね。」

 

 こういうのは大人の領分だから。

 だいたい要求は通ったからよしとしようか。

 

 「いままで通り、

  metubeで配信してもいいんだね。」


 いまのところ、ね。

 御園詩姫でデビューするわけじゃないから。

 

 「デビュー、かぁ……。」

 

 そう。

 歌い手ではなく、として。

 

 え?

 

 「な、なに?

  柚木さん。」

 

 「絃。」

 

 え。

 

 「唯ちゃんも、めぐみちゃんも

  下の名前で呼んでる。


  わ、私も、がんばって、

  啓君って、呼んでるのに。」

 

 あ、あぁ。

 だって、

 

 「唯ちゃんは従姉妹だけど、

  めぐみちゃんはそうじゃない。」

 

 ……あれは、まぁ、

 行きがかりっていうか。

 

 「Ikumaさんにも呼ばれてるんだよ?」

 

 うわ。

 あれはだって、の人だから。

 

 「私たちも、に入るんだよ。」

 

 あぁ。

 いや、だって。

 

 「啓君も、だよ。」

 

 ……。

 

 「いや、なの?」

 

 いや、っていうか、

 特に理由

 

 あぁ、

 うん、わかった。

 わかったわかった。


 

 「絃。」


 

 「え゛」


 

 え??

 

 「い、いや、

  うん、いい

  いいの。うん。いい。

  このまま、このままで、いい。」

 

 あ、あぁ。


 「それでね、絃。」

 

 「っ!?」

 

 え、えぇ??

 なんで涙目になって顔押さえてうずくまってるの。


*


 え゛

 

 「め、めぐみ??」

 

 「け、け、

  啓、くん?」


 な、

 

  『なんで、ここに?』

 

 ぷっ

 

 「……あはは、あははは。

  え、ほんと、どうして?」

 

 「そっくりそのままお返しするけど、

  いろいろあって、僕とはアマネに所属したから。」

 

 「……ふぅん。

  、なんだ。」

 

 ん?

 なんかちょっと、目が輝いたような。

 

 「ううん、なんでもない。

  だとすると、啓くんと同じかな?」

 

 おな、じ?

 

 「うん。

  なんかね、

  こないだほら、啓くんと絃ちゃんで、

  metubeで演ったじゃない。」

 

 あぁ、うん。

 

 「啓くんに話してなかったけど、

  あれを見た私の周りが、

  ちょっと凄かったんだよ、いろいろ。」


 え?

 なんで。 


 「あー、

  いろいろあってさ、

  私の周辺では、あれ、

  私の声だって、バレちゃったんだよね。」

 

 お、わ。

 そういえば、加工とか全然してなかったな。

 

 「そしたら、そっちの筋からお誘いがウザいくらいあって、

  めんどくさいから、形だけ所属ってことにしようと。

  ね、同じでしょ?」

 

 まぁ、そりゃ同じだけど。

 

 「ただ、担当の人がちょっとめんどくさそうで。

  んー、どうしようかなって思ってる。」

 

 そう?

 駒津さん啓と絃の担当、言うことぜんぶ

 聞いてくれるタイプなんだけどな。


 っていうか、そもそも。

 

 「めぐみ、

  こういうの、関心なかったんじゃないの?」

 

 (絃ちゃんみたいな本職志望とはぜんぜん。)

 

 「ん-、

  正直、無かったよ。

  少なくとも、二週間前までは。」

 

 ん?

 

 「啓くんと絃ちゃんが物凄く真剣にやってるの見てさ、

  なんかちょっと、感化されちゃったんだよね。」

 

 うーん。

 なら、彼氏のスーパープレイにも感化されろよ。

 

 「あはは。

  あれも凄いって思うよ、ほんと。


  あ、そうそう。こーくん達、勝ってるよ。

  1、2回戦で8点取って、こんど3回戦。」

 

 うわ、凄いな。

 連携が綺麗にハマりはじめたか。

 

 「正直それもめんどくさいんだよねー。

  なんていうか、私で抑えきれない人気になっちゃってて。」

 

 めぐみの容姿と振舞で抑えられないってあるのかよ。

 白デニムとピンクベージュブラウスで立ってるだけなのに、

 そのへんの芸能人よかオーラが出てるぞ。

 

 「あはは。ありがと。

  でも、私、サッカーよくわかんないからさ、

  そういうのの熱量がある子とかに迫られると、

  あー、私、これ、いいのかなーって思ったりもする。」

 

 ならウソでも覚えろって。

 彼氏案件なんだから。


 「あははは。

  いやま、そうなんだけどさー。

  こーくんにはさ、サッカー好きって子のほうがよくない?」

 

 よくない。

 

 「え。」

 

 だって、サッカー好きって子なら、

 康達が怪我とかしたら、簡単に棄てるだろ。

 

 「……。」

 

 サッカーじゃない康達を知ってる奴がいいんだよ。

 

 「……そっか。

 

  ……

  うん。

  やっぱり

 

  あ。」

 

 ん?

 

 あぁ、あれがめぐみの担当の人か。

 駒津さんと違って、なんか、真面目そうな

 

 ん??

 

 め、めぐみ?

 な、なんか、思いついたような顔してるけど、

 

 え゛

 

 「こちら、春日啓君です。

  私の同級生で、最上さんがご覧になった動画の

  製作者兼プロデューサーです。」

 

 一瞬で余所行きの声に変貌しためぐみは、

 僕の手を取って、眼つきの厳しそうな中年眼鏡男性に紹介しつつ、

 悪戯っぽく、人を引き寄せる眼を輝かせながら、



  「先日の話、お引き受け致します。

   春日君が、プロデュースをして下さるならば、ですが。」



襲われそうになっていた底辺歌い手を支えたら、修羅場が待っていた

第2章


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