第17話


 「で。

  春日啓君。

  

  、どうしたい?」

  

 ……

 

 僕。

 僕?

 

 僕。

 僕の、ことなぞ。


 ……いまのいままで、考えたこともなかった。

 今日、誘われたのは、柚木さんだとばかり。

 

 動画制作は唯に劣るし、

 音楽のセンスは柚木さんにまったく叶わない。


 僕は、紛れもなく、どこにでもいる凡人であり、

 僕が何かをしたいなどと、

 思うことなど、許されるはずもない。


 ……

 あぁ。

 柚木さんが、物凄く不安そうな顔、してる。

 祈るような眼で、僕に縋ってくるようで。


 こんな顔、絶対にさせたくない。

 

 「……

  

  僕自身のことは分かりませんが、

  いまは、できる限り柚木さんを支えたいです。」

 

 一瞬。

 天才プロデューサーが、僕のことを、

 眼鏡の奥から、ぎらりと見据えた。


 「……

  ま、いまはそれでいいかな。」

 

 いまは、か。

 どういう意味だろう。

 

 「契約とか、事務所の所属とかも、

  近いうちに考えて置いてくれると助かる。」

 

 近いうち、ね。

 

 「そうだね。

  遅くても今月中くらいかな。

  7月末。」

 

 え。

 それって、あと10日くらいじゃ。

 

 「だってさ、

  そうしないと、きみら、ぜ?」

 

 え゛

 

 「とりあえず、Utaは消しといたほうがいいよ。

  あれ、部屋が丸見えだろ。」

 

 う、うわっ。

 そ、そうか。

 僕としたことが、そういうの、手回し悪すぎた。

 今日、会う前には消しておくべきだったんだ。


 ……いろいろ大丈夫かな、ほんとに。


*


 「はは。

  そんなこと言ったのか、あいつ。」

 

 驚きましたよ、いろいろ。

 

 「まぁ、伊熊の言うことも分かりはするわ。

  ここ3日間くらい、

  娘んトコの動画登録者数、跳ねすぎてるからな。」

 

 登録者数、5万7500人。

 たった1週間で2万5000人弱増えたことになる。

 それまでの伸び率から言えば、爆発的水準と言っていい。


 「たぶん、影響力のある連中が話題にしはじめてんだろ。

  君の従姉妹みたいな奴がな。」


 あぁ……。

 そういう方向から埋めていくべきだよな、本来。

 今回、そういうのしなくても銀の盾くらいいけるだろうと思ってたから。


 「囀りの登録者とか見れば分かるかもしらんが、

  ま、そんなのはどうでもいい。」

 

 どうでもいいのかよ。

 

 「そりゃま、そうだろ。

  もう、伊熊の言う通りなんだから。

  DM、すげぇことになってるんじゃねぇの。」


 ……

 なって、る。

 

 小さいレコード会社からのお誘いやら、

 ローカル局の出演依頼やら、

 大小のコラボのお誘いやらが、凄まじい量に。

 

 歌い手のまとめサイトでも、

 端の端にちこっといたはずなのに、

 いまじゃ真ん中くらいになってるし。


 ……、って

 こういうこと、か。

 

 「あー。これか。」

 

 ん?

 

 「急上昇、

  国内音楽で44位だとさ。」

 

 げっ!!

 

 「あと、こっち見て見ろよ。

  娘が歌ったやつの

  バイラルチャートで67位。」

 

 は??

 1970年代の曲が、急に?


 「エゴサーチとかしないのか。」


 ……しない。

 あれは、心を壊す。

 唯の時に、さんざん経験したから。

 

 「はは。

  ネットから仕掛けてる癖にな。

  ま、それが良かったのかもしれんが。」

 

 ……。

 

 「待機サークル入りって奴だな。

  ちょっと火がつけば、めちゃくちゃ燃える。

  その直前にいる感じなんだよ。」

 

 ……。

 

 「で。

  君は、どうしたい?」

 

 「僕、ですか。」

 

 「そりゃな。

  なんせ、娘は、君の言いなりだしな。」

 

 ……。


 「伊熊の奴も、

  娘単体で売るっていう発想はしなかったろ。

  

  普通んトコだとな、君と娘を引き離すんだよ。

  それで、特性の分かってない、

  過去一山当てただけの適当なプロデューサーをつけて、

  そいつの思い込みで変な方向に突っ走って、座礁して潰れる。

  めちゃくちゃよくある話だな。」


 ……なる、ほど。

 

 「思うに。」

 

 ……はい。

 

 「君は、自分が、なにもできないと思ってる。」

 

 ぐっ。

 

 「で、それは、正しい。

  技術的に見れば、君よりも上手く作れる奴は、

  腐るほどいるだろうよ。君と同世代ですら、な。」

 

 ……だったら。

 

 「でもな、

  娘の声と、心を、

  ここまで掴んでる奴は、地球上にいない。」

 

 ……。


 「触媒なんてのは、無価値でもいいのさ。」

 

 あ。

 あぁ。

 そういう考え方も、あるのか。

 

 「リルレラだって、下手なもんだろ?」

 

 ……あれはあれで、

 いろいろ考えられてるとは思うけど。

 

 「まぁよく相談してみてくれ。

  あぁ、後、伊熊の奴からも来ると思うが、

  これは、っていう事務所を幾つか出しとく。

  

  今回は伊熊の紹介があるからな。

  君らから打診しても問題ないぞ。」

 

 「……ありがとうございます。」


*


 ……

 朝、か。

 

 そ、っか。

 今日から、夏休みだっけ。

 

 ……

 

 いろいろ、驚いたなぁ。

 一生、縁がないと思ってたのに。

 いまでも

 

 ……

 

 ん

 ん!?

 

 「ゆ、ゆ、唯っ!!!」

 

 な、

 な、なにしてるの

 

 「ってっ。」

 

 い、従妹なんだけど。

 うわ、

 ふくよかになって、

 やわらか

 

 「じゃなくてっ!」

 

 「むう。

  無残に剥がされた。

  ずっと寝てていいのに。」

 

 あのねぇ。

 

 「子どもの頃、こうしてた。

  そうしただけ。」

 

 ……

 あれは、まだ、8歳くらいでしょ。

 そういうの嫌がったの、唯のほうじゃないか。

 

 「あの時はあの時。

  いまはいま。」

 

 ……

 だめだっての。

 従姉妹とそんなことになったら、

 父さんと母さんになんて説明するの。

 

 「うぐっ。」

 

 ……はは。

 というか。

 

 「父さんの部屋なのに、

  入ってこられるようになったの?」

 

 「啓のため。

  わたしだって成長する。」

 

 ……100%唯のためじゃないか。

 まぁ、でも。

 

 「確かに成長してるね、横幅。」

 

 「うぐぐっ!」

 

 うそうそ。

 ちょっとだけ痩せてきたの、知ってるって。

 昨日もがんばってケーキ食べなかったしね、一切れしか。

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