第16話


 注文分、しっかり食べちゃったなぁ。

 23時にこんなに食べちゃったなんていつぶりだろ。

 これはちょっと運動しないと


 って


 「唯?」

 

 思いっきりデザートメニューガン見してるじゃないか。

 真夜中だぞ、いま。

 

 「ぅぐむっ。」

 

 「はは。

  きみ、ダイエットさせられてるんだ。」

 

 すっかり涙目になってる。

 顎、まだたるんと肉ついてるんだってば。

 

 「もったいないなぁ。

  いまのままでも十分可愛いのに。

  なんで痩せたがるの?」

 

 おわ。

 なんて悪魔の誘い。

 

 「……服が、入らない。」

 

 あぁ、切実な。

 

 「あー、そういうのはあるのなぁ。

  大きいサイズの服が大きすぎるんよね。

  大きくてもぶかっとしないサイズの服、あってもいいのにね。

  

  それでいったらさ。

  そういうの、春日君、

  きみ、めちゃくちゃ上手いよね。」

 

 え?

 ぼ、僕?


 「うん。

  春日啓君、きみだよ。

 

  もちろん、絃ちゃんは凄いよ。

  オレの見た中で、いまの若手のR&Bシンガーで、

  絃ちゃんの水準に達しているのは、ほんとに片手で数えるくらい。


  特に低音域の倍音の深さは、天性のもの。

  たぶん、5年か10年に一度の存在。

  

  しかも、若いし、話題性もあるし、

  顔もこんなに可愛いから、ギャップもある。


  レコード会社のオーディションに出たら、

  いまのままですら確実にグランプリを撮れるだろうね。

  お世辞でもなんでもなく。

  

  でも、ね。」

 

 柚木さんを手放しで最大級に褒め終わった後、

 希代の名プロデュサーは、

 センスのなさそうな眼鏡の奥をギラリと光らせた。

 

 「キツイ言い方だけど、

  それなら、この世界、

  掃いて捨てるくらいいるんだよ。」

  

 ぐっ!?!?


 「めっちゃ哀しいことだけどね。

  

  オレから見てさ、この娘はこういうの持ってる、

  こうすりゃ絶対いけるって思う子がさ、

  腹立つくらい明後日を向いちゃって、

  全然売れねぇで勝手に潰れてくっていうの、

  めちゃくちゃよくあるの。

  

  ね、

  そう、思わない?

  Utaちゃん。」


 「!!」

 

 !?

 し、し、

 知ってるうっ!?

 

 「はは。

  一応さ、オレにもスタッフってのがいるからさ。

  『fantastic memories』で検索したら、出ちゃったのよ。」

 

 あ、あぁ……、そっちは調べてるのか。

 残したまんまだったもんなぁ……。

 こんなこと想定してないから、消す理由なんてなかったし。

 

 「1度、下げたろ。」

 

 ……

 スゴい、な。

 まぁ、わかるか。

 

 「はい。」

 

 「潜った時の倍音の深さがまったく違った。

  きみは絃ちゃんの声を知り尽くしてる。」

 

 ……

 そうでは、ないんだけど。

 

 「それと、

  おとついのやつ。」

 

 ……。

 

 「きみさ、

  あれ、もう、狙いすぎだろ。」

 

 1970年代初頭の低音バリバリの少女演歌。

 いちかバチかの賭けだった。

 失敗したら、すぐに消すつもりだったけど、

 予想以上に低音のバイブレーションがうねってしまった。

 

 あれが28万回廻るっていうのは、

 いかに柚木さんの歌唱力が凄いかってことだけど。

 

 「あれもう、

  ただのブルースじゃん。

 

  その前には、あんなオトコ臭い曲を、

  いま風に聴こえるアイドルっぽい曲にアレンジして、

  自分の手駒には地味コーラスだけさせといて、だよ。


  え、こんなすげぇこと仕掛けるんだ、って。

  オレらにプレゼンしてるとしか思えなかったよ。」


 ……そうじゃぁなかったんだけどなぁ。

 銀の盾に向けたネタのようなステップに過ぎなかったんだけど。

 そもそも、こんなハイレイヤーの人に

 聴いてもらえるものじゃない筈なんだけど。


 「うむ。

  よくわかってる。

  啓はスゴイ。」


 ……あのね、唯。

 

 「わたしの時も、そうだった。

  ぜんぶ、啓の言う通りにやっただけ。」

 

 ……今は、全然違うじゃないか。

 

 「啓は絵心ない。

  それだけ。」

 

 ぐっ。

 まぁ、ないわ。

 棒人間しか描けないもの。

 

 「補い合っていける。

  いい夫婦。墓まで一緒。」

  

 あのね。

 そんな笑顔で言われてもダ

 

 「……つまり、

  私たちをユニットで考えてるんですか?」

 

 あ。

 柚木さん、それは。

 

 「御名答っ。

 

  と、言いたいけどさ、

  別に、君らが表舞台に出る必要もない。

  君なんて、見た感じ、ステージとか嫌いそうだもんな。」

 

 うわ。

 分かられちゃってるよ。

 

 実際、高校もある身だし、

 避けられるなら、身バレはできる限り避けたい。

 父さんにも言われてるし。

 

 「あはは、そういう奴もいるよね。

  オレはこの歳でもステージ出たいほうだけど。

  あれはもう感覚的なモンだからね。

 

  今回、オレはスーパーバイザー。

  君がをプロデュースするのを

  背中から見てるってトコかな。


  そうだなぁ、

  君らが知ってる奴で言えば、

  リルレラみたいな感じ?」

  

 リルレラ。

 ストーリー性のあるアニメ映像と電子音楽を動画上で融合させ、

 1曲の再生回数は今や3000万回に登っている。

 

 あれもユニットなんだけど、

 表に出ているのは女性ボーカルだけ。

 キーボードを弾いてる姿すらカメオくらいにしか映らない。


 「たださ、

  オレと組めば、いろいろできはするよ。

  例えば、One Shot一発撮りやってる奴らに紹介するとか。」

 

 う、わ。

 めちゃくちゃ生々しい話じゃないか。

 

 「その場合、

  どっかに所属して貰う必要はあるけどね。」

 

 あぁ、なるほど。

 まぁ、それはそうだろうな。

 

 「で。

  春日啓君。

  

  、どうしたい?」

 

 っ!

 

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