第12話


 「こーくん、

  ぜんぶ、ぶちまけたよ。」

 

 あぁ。

 

 「練習ノート、見せたって。」

 

 あの秘伝のタレを見せたのか。

 腿上げ一つに注釈が15個も書きこまれてる奴。

 

 「『チャンスは一度きりです。

   これで認められないというなら、潔く辞めます。

   OB達に説明するのは、貴方ですよ、先生。』

  だって。」

 

 う、はぁ。

 あの八方美人が、そこまで。

 っていうか、その再現、絶対に本人経由じゃないな。

 

 「……

  あー。

  私、彼女、マジ向いてねー。」

 

 それはお互い様じゃない?

 康達もアニメ見てないし。

 

 「……

  っていうのとは、違うじゃない。

  ちゃんと、彼氏を励まさないとだったよ。

  少なくとも、は、さ。」

 

 今回気づいたんだから、十分だろ。

 めぐみなんて、ロクな経験ないんだから。

 

 「あはは、言われちゃったよ。

  2年しか知らないのに。」

 

 2年も知ってれば、長いと思うけど。

 

 「……そう、だね。

  啓くんのことも、いろいろ分かったし。」

 

 は。


 ……

 げっ!?

 

 「あはは。言わない言わない。

  だから演ったっていうところもあるんだよ。

  これで、共犯でしょ?」

 

 共犯、ねぇ……。

 なんていうか、ほんと、頭の廻りがいいんだよな。

 サッカーバカの康達で良かったんだろうか。


 まぁ、いい奴だし、容姿は申し分ないし、

 いろいろ育ってもらうのを期待するしか。


 「だから、私もちょっと考えたよ。

  どうすれば、一番いいのかな、って。」

 

 ん?


*

 

 う、わ。

 一日で6万廻った。

 告知とか、全然してないのに。

 

 生存報告のブーストもあるけれども、

 狙ってない曲で、完成度の低さを考えると、

 このへんがいまの柚木さんのベースレートなんじゃないかな。


 完成度、ねぇ……。

 これより上を狙うなら、

 アマチュアじゃない人に引き渡す時期なんだが。

 なんなら、原田さんに紹介して貰おうかな。

 

 ……ん?

 あ、れ?


*


 「……バレちゃった、ね。」

 

 そりゃま、バレます。

 書き込み、そう多くないし。

 

 「なんで消しちゃったの?」

 

 自由意見の範囲だと思ったけど。

 そういうものまで消すと、コメントが減っちゃ

 

 「啓君が、

  気にするの、嫌だった。」

 

 ……。

 

 「私、いつも、

  啓君に、消して貰ってたんだもん。


  分かるよ。

  だって、私、ずっと、

  Uta、やってたんだよ。」

 

 あ。

 ……そう、か。

 しまった、なぁ。

 

 「……ああいうの、

  悪意がないようで、血が、にじんでくる。

  傷口、小さいからって、無視しようとすると、

  気持ち、苦しくなって、どんどん、沈んでくから。」

 

 ……

 まぁ、うん。

 そう、なんだけど。

 

 いや。

 柚木さんは、僕のために、やってくれたんだから。

 

 ……

 だめだ。

 こんなことを、嬉しいと思っちゃ。

 甘えちゃったら、梯子を上に掛けられない。

 

 「柚木さんは、メジャーデビューとかしたいの?」

 

 「……わからない。

  そんなこと、できるなんて、

  ぜんぜん、思ってなかったから。

  

  でも。」

 

 そう言うと、柚木さんは、

 儚げに澄んだ瞳を、僕の瞳に合わせるように覗き込んできて。

 

 「啓君に、聴かせたい。

  私を、ぜんぶ、聴いて欲しい。

  

  啓君が、聴いてくれるなら、

  それだけで、私は

 

 ……

 

 って。

 か、顔、真っ赤じゃん……。


*


 あ。

 唯から、か。

 

 <即見。レ強>

 

 ……はは。

 相変わらずだな。

 レスポンス強制を放置するとまた長いから。

 

 って。

 

 これ、こないだの〇鉄のやつか。

 ちゃっかり編集してたわけね。

 

 ……あー。

 ハメようとしたところで逆ネジを喰わされて

 〇ングボ〇ビー背負って涙目で叫び続ける部分とかだけ

 10分で切り取った上で、流れをつけて綺麗に出してる。

 他人の不幸を喜ぶ業を良く分かってるなぁ。

 

 初日で70万回廻ってる。

 掛けた手間に見合ってるかどうかは分からないけど。

 

 <さすが。

  切られ役っぷりが様になってる>

 

 <(100万回死に晒せのスタンプ)>

 

 ……はは。

 って、


 ぴぽぴぽぴぽん

 ぴぽぴぽ

 

 「どうしたの?

  通話してくるなんて珍しい。」

 

 「!?!!

  な、ん、なんでも、しねっ!」

 

 あ、切れた。

 なんだろうな、誤操作?


 ……そっか。

 もうすぐ、夏休み、か。


 いつも通りだと唯ん家いってやらないとだけど、

 一人しかいないから、留守にするのも不用心だしなぁ。

 どうしたものか。


*


 あ。

 

 「おはようございます、春日君。」

 

 豊原さん、か。

 

 家、意外に近いんだよな。

 300メートルくらい、だっけ。

 朝に、わりとこんな感じでばったり会う。

 

 Ain_Tさんは40代男性を思わせる低い声の持ち主だが、

 めぐみに教えられた声優さんの動画を見たこともあって、

 声の出し方を工夫して抑えている。


 中性的な容姿なんだけど、

 ちょっと髪を伸ばし、化粧も替えてきているので、

 見た感じは凛々しめ清楚系女子に変貌している。

 男女どちらからも目を惹く感じ。

 

 「ふふ。

  見ましたよ。」

 

 え?

 あ、あぁ。

 Yzkの最新動画か。

 

 「Yzkさんの鬼畜従姉兄のKaZaさんが、

  こんな近くにいるなんて思いもしませんでした。」

 

 ……ひさびさだな、この感覚。

 唯が向こうへ引き取られてから味わってなかったけど。


 絵師としての知名度が上がってから、

 あの手の動画をアップロードすることはなかったんだけどな。

 編集時間掛けるより、絵を描いたほうがコスパがいいから。

 

 「Yzkさんの動画、編集してたの、春日君ですね。」

 

 ……初期は、ね。

 いまは、唯のほうがよっほど上手くなってる。

 関心持つことは貪欲に呑み込んでいくほうだから。

 

 「では、春日君は、私の師匠になりますね。」

 

 ……え?

 

 「私、KaZaさんの動画編集レクで学びましたから。」

 

 う、ぁ。

 は、恥ずかしっ。

 中3の時、勢いで作ったやつだ。


 当時アップロードされてた動画編集の説明が

 あまりにも分かりづらかったので、

 唯のために一気にまとめただけなんだけど、

 唯がちょっと編集してアップしちゃったんだよな。

 

 「……プロの人のやつを見て下さい。」

 

 今はもう、もっとちゃんとした技術を

 分かりやすく伝えてる動画はいろいろ出てる。

 編集ソフトも、直観的に操作できるようになってるし。

 

 「ふふ。謙遜なさらないで下さい。

  あれを見なければ、私も動画編集を途中で諦めてました。

  そうなったら、私はずっと、

  部屋から外へ出られなかったと思います。」


 ……とてもそうは見えないが、引き籠っちゃってたんだよな。

 とりあえずカウンセリング室に登校してるらしいけど。

 

 「……それで、ですね。

  その、少々、ご相談したいことが。」

 

 ん?

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