第11話


 「そりゃ、そうだぞ。

  君が思うよりずっと、の注目度は高いよ。」

 

 プロって、こういうの見ないと思いましたが。

 

 「いつの時代だよ。

  歌い手なんて、今や大手の狩り場だぞ。」

 

 銀の盾すら貰ってませんが。


 「これはっていう有望な奴だと分かってりゃ、

  できるだけ早く唾をつけたいってのは当然だろ。」


 そういえば、夜に沈む系は皆、

 外資系大手が仕切ってるなぁ。


 「なにしろ、俺んとこにも探りが来たからな。」

 

 え゛

 

 「作曲者とか名乗るんじゃなかったって、

  ちょっと後悔してるけど。年寄りの恨みも買ったし。」

  

 あ、あぁ。

 出来悪いアレンジャーが誰かって、

 コメント欄で名指しされちゃってたな。

 

 「……まぁ、でなきゃ

  この歳で娘なんてものに逢えなかった。

  君には、感謝しかしていない。」

 

 ……なんだか面はゆい限りだけど、

 繋げたのは僕じゃなくて唯なんだよね。

 

 「思うに。」

 

 はい。

 

 「娘は、デビューに躊躇してる。」

 

 ……よくおわかりで。

 

 「……一応は、親子、だからな。

  で、君んトコに来た話は、断れ。」

 

 あら。

 っていうか、僕のトコじゃないんだけど。

 

 「そこ、評判、あまりよくないからな。

  話題性を煽って手っ取り早く小銭を稼いで

  1年でポイって感じだろうよ。」

 

 吐き捨てるように言うあたり、実感が籠ってる。

 薄々そうは思ってたけど、裏付けが取れた感じか。

 

 「まぁ、バックがしっかりしてるところなら

  外資系大手みたいなところがいいんだろうけど、

  それだと、いまの娘のスタンスを尊重してくれるか分からない。

  

  それに、そいつらの主戦場はフェスだから、顔出しも要求される。

  高校生活も続けたいっていう娘には難しいだろう。」


 確かに。

 

 「一応、君らにあった奴で、

  こっち的に、こいつらなら、っていう奴が何人かいる。

  リストを送っておくから、

  こいつらから打診があったら検討してみてもいい。

 

  間違ってもこっちから持ち掛けんなよ。

  この世界、頼んだ奴が圧倒的に弱くなるから。」

 

 なるほど、なぁ。

 

 「ありがとうございます。」

 

 「で、君が聞きたかったのは、

  こんな形式的なことじゃないだろ?」

 

 あはは。

 こっちも十分、知りたかったことではあるけど。


*


 ふぅ。

 

 (君にどう見えてるか知らんが、

  俺はただの音響屋だぞ?)

 

 とか言ってるけど、やっぱりプロは違うな。

 相談してみてよかった。


 戦略面の選択肢、意外に広かったな。

 まぁ、だからこそ難しいんだけど。

 

 にしても。

 相田哲弥と、神林康隆、IkumaにNicePositive…

 こんな人達が登録者数5桁級のmetuberに声かけてくるわけないけどなぁ。


 まぁ、

 毒親SAN値耐久レースだった前回と比べれば、

 今回は、時間制約はそれほどきつくない。

 

 だから、寄り道をする時間くらいは、ある。

 を兼ねてるけど。

 

 RINEを呼び出し、通話ボタンをクリックする。

 所在はもう、確認済だから。

 

 「え、な、なに?

  啓、くん?」

 

 「めぐみ。

  いま、ヒマだね?」

 

 彼氏と密に繋がってもおらず、

 陽キャグループの女子はみんな彼氏とイチャイチャしてる。

 部活にも入っていなくて、定期試験も終わってる。

 

 「……。」

 

 あはは、あのめぐみが、切り返せない。

 だったら、ちょうど良かったということか。

 

 「これから、家、来ない?」

 

 「え゛」


*


 1980年代末。

 国内では伝説的な存在である著名男性シンガーソングライターが、

 闇に堕ちる自分を奮い立たせるために作った曲。

 

 いわゆる「女子が歌ってみた」系なんだけど、

 今回は、それほどアクセス数を狙ってない。

 プライベートリンクでもいいくらいなんだけど、

 生存報告もしておかないとなので。

 

 「……ものすごく上手じゃないですか。」

 

 「あはは、ありがとー。お世辞でも嬉しいよ。

  しょせんはカラオケレベルだけどね。

  絃ちゃんみたいな本職志望とはぜんぜん。」

 

 小さく口を開く柚木さんの円らで儚げな瞳に、

 一瞬、闇に似た薄靄色が浮かぶ。

 めぐみは、コンソールがわりのPCの前に座る僕に向けて、

 挑発的に笑った。

 

 「ギャラ、貰えるの?」

 

 ……うわ。

 

 「出来高で良ければね。」

 

 「あはは。

  うそだよ、うそ。

  ……まいったな、ほんと。」

  

 あぁ。

 趣旨、分かってるわけか。

 めぐみ、そういう勘はいいもんな。

 

*


 <え、これ、三十路?

  って思っちゃったじゃん>

 

 <部屋主がコーラスだけっていいの?

  feat.って>

 

 <声、可愛い!

  めっちゃ可愛い!>

 

 <デビューしてくださいっ!>

 

 <三十路のコーラス、下支えする深い声なんだけど、

  めっちゃロックのリズムで歌えちゃってる>


 狙い通り。いや、それ以上、か。

 柚木さんの幅の広さを確認するための実験だったから。

 

 <生きてたか、三十路

  逃げたかと思った>


 すぐ言われるんだよな、こういうこと。

 たった二週間で忘れられるっていうね。

 

 <なんか、癒される

  そのへんのアイドルよりずっといい>

 

 <こんな優しく明るい声で

  『きみは、間違ってない』

  って歌ってくれて、涙が出ました>

 

 <おじさんです。

  この曲がドラマで使われた時はどうかなぁと思いましたが、

  この曲で若い人たちが喜んでくれてるのが嬉しい>


 <泣きました。

  この曲を胸に明日の手術に臨みます。>

 

 <ハモリやばい。

  震える。なんか、無性に泣ける。>


 声量を抑えて丁寧にハモれることは、

 男性デュオのカバーの時に分かってたけど、

 予想以上に緻密に、精確に歌ってくれたし、

 めぐみの明るく伸びる声を引き立ててくれた。

 

 結論。


 <おかえり三十路。

  きみの声、ずっと待ってた。>


 柚木さんには、天稟の才がある。


 ……

 だから、こそ


 <この編曲、音源しょぼいんだけど、

  二人を邪魔してないのがいい>

 

 <原曲はちゃんとレスペクトしてる

  ベースがしょぼい。ちゃんと採譜してない?>

 

 ……やかましいわ。

 ストリングス、プリセットのやつしか使ってないんだよ。

 やっぱりプライベートリンクで良かったんじゃないか。

 ベースはあれでちゃんと


 ぴぽぴぽぴぽん

 ぴぽぴぽぴぽん

 

 ……

 来た、か。

 律儀だなぁ。

 

 「……啓。」

 

 「うん。」


 (『きみは、間違ってない』)

 

 「……

  すま、ん、


  ……

  あり、がとう。

  本当に、ありがとう、啓。」

 

 ……はは。

 ほんと、素直だよな。

 ……いい奴すぎるよ、康達は。

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