第10話


 あ。

 柚木さん、だ。

 学校内でもすっかり儚げ美少女モードが定着し

 

 ……

 って、

 あれ、なんか、雲行きが怪しくないか?

 やばそうな男子に取り囲まれてるけ

 

 あ。

 眼が、合った。

 

 「!」

 

 ん?

 なにか、急に澄んだ眼が据わって

 

 「その件はきちんとお断りした筈です。

  これ以上付きまとわれるようなら、

  生徒指導の先生にお話し致します。」

 

 うわ。

 男子三人に取り囲まれてるのに、毅然としちゃってる。

 だけどこれ、まずいんじゃないかな。

 

 あぁ。

 やっぱり、向こう、逆上してる。

 

 「きゃっ!」


 これ、もう、

 

 ぱしゃっ

 

 「!」

 

 こうするしかないっ!

 

 「な、なっ!」

 「なんだて

 

 ダッシュぅっ!

 

 「!?」

 

 よぉし、腕を掴んだっ!

 

 「柚木さん、全力疾走っ。」

 

 「う、う、うんっ!」

 

 一階渡り廊下から一番近いのは、

 保健室に見せかけて

 

 「ま、待ちやがれっ!」

 

 「柚木さん、家庭科室っ!

  跳んでっ!」

 

 「う、うんっ!!」

 

 がらっ!!


*


 「停学5日間、だっけ?」

 

 うちの高校、家庭科の先生、胸板屈強エプロンなんだよね。

 あっという間に事が終わってくれたよ。

 

 「……うん。

  夏休み、入るから、って。」

 

 合わせ技みたいなものらしい。

 柚木さんの件以外でも、いろいろやらかしていたようだ。

 謝罪先が原田さんになっていて本当によかった。

 前の毒親だったら、いろいろややこしくなったろうから。

 

 「……

  こ、告白されたことなんて、

  生まれてから、一度もなかったの。」


 ……。


 「その、めぐみちゃんみたいな、

  生まれつきの美人さんってわけじゃないし。」

 

 ……あぁ。

 まぁ、めぐみは、ああだから。

 あれが幸せと言えるかどうかは大いに悩ましいところだけど。

 

 「……

  あのね。

  その、、聞いちゃった。」

 

 う、わ。

 喋ったんだ、めぐみ。

 もうそこまで近くなってたか。

 柚木さんのこと、わりと気に入ってるのかな。


 だと、すると。

 

 「歌い手のこと、めぐみに話したんだね。」

 

 あ。

 顔、真っ赤にして頷いてる。

 

 「……佳澄Ain_Tちゃん、黙っててくれたみたいだけど、

  なんていうか、分かられちゃった。」

 

 ……そ、っか。

 めぐみ、柚木さんを家に泊めてたりしてたから。

 あいつ、変なトコ勘いいもんな。成績そうでもない癖に。

 

 「……スゴイ、って。」

 

 あぁ。

 

 「わ、笑われるかと思ったから。

  すごく、びっくりして。」


 「めぐみはそれはしないよ。」

 

 そういう奴じゃない。

 でなきゃ、柚木さんのことを頼んだりしない。

 

 「……

  そういうとこ、なんだろうね。」

 

 ん?

 

 「……

  ううん、なんでもない。

  

  あの、ね?」

 

 うん。

 

 「今日、

  啓君の部屋、行っていい?」


 え゛

 

 「ち、ち、違うの、

  け、啓君の、お、お、おかあさまの部屋っ!」

 

 あ、あぁ。

 そういうこと、か。


*


 ふぅ。

 リフレクションフィルターとポップガードがついてると、

 そこだけはそれっぽいスタジオみたいに見えるな。

 

 ……ぜんぜんただの部屋なんだけど。

 母さん帰ってきたら片付け大変そうだなぁ。

 

 〇濃町ヘッドフォンをしている柚木さんの横顔を、少し凛々しく感じる。

 歌い手としての経験値と自信がそうさせているのだろうか。

 

 「……ふし、ぎ。」

 

 ん?

 

 「あのね。

  昨日まで、私、

  もう、歌い手、辞めようかなって思ってたの。」

 

 ぇ?

 

 「なんていうか、

  私って、あの歌を歌えるようになりたい、

  お母さんが好きだったあの歌を広めたい、って思って、

  2年間、ずっと、がんばってきたんだよね。」


 ……うん。

 

 「それは、叶わない夢だったはずなの。」

 

 ん?

 

 「あの歌、私一人だったら、

  絶対、歌えなかった。

  歌い方、分からなかったから。」


 ……あぁ。

 まぁ、うん。

 

 「変なこと言うけど、

  お母さんに絶対に近づけないことが、

  お母さんを身近に感じられてたの。」

 

 ……。

 

 「そしたら、

  啓君が、私をいっぱい引き出してくれて。

  私が絶対歌えないと思っていたところを、

  お母さんをなぞれるようにしてくれて。」

 

 ……。

 

 「あぁ、私、

  こんな風に歌えちゃうんだ、って思ったら、

  逆に、なにも歌えなくなっちゃったの。」


 ……それ、は。

 

 「……でも。

  そう、思ってただけ、かも。」

 

 ……?

 

 「だって、いま、

  ここにいて、このマイクの前で、

  啓君に見られてると、なんでも、どんな歌でも、

  無限に歌えちゃえそうな気がしてくるもん。」


 ……ぁ。

 

 「『銀の盾までは貰おうか』」

 

 う、は。

 

 「だよ、ね?」

 

 ……あはは。

 柚木さん、なんか、強くなってるなぁ。


 よし。

 

 ……って、ほんと、何しようかな。

 

 いままでは、『fantastic memories』を広めることを軸としてきた。

 そこから逆算して、アクセス数や浸透度合いを見ながら、

 『fantastic memories』に注目が集まるように仕上げてきたわけだから。


 ……まぁ、唯の力が圧倒的だったけど。

 

 えーと。

 ステータス、オープン。

 ……登録者総数、3万3501人、か。


 路線が視聴者の需要に合致していて、

 順調に登れば10万人まで駆け抜けるのは難しくない。

 一方、ここで迷走してアクセス不振に病んで衰退するケースも多い。

 踊り場ってところか。

 

 試験期間もあって、ここ二週間、投稿がないから、

 登録者数の増加は鈍化してるし、

 「死んだ?」「逃げた?」みたいな書き込みが散見される。

 期待の裏返しでもあるから削除するほどでもない。


 ……ん?



  『ブランソン・メルクリウスレコード

   デビューへのお伺い』



 !


 こ。

 これ、はっ?!

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