第1章

第9話



  「啓は、ずっと、わたしのモノ。

   誰にも、絶対に渡さない。」



  「大変申し訳ありませんが、

   それは、私の台詞です。」

 

 

 世界中から、

 あらゆる振動音が、ぴたりと消えた。


 儚い系美少女に見える柚木さんが、

 予想よりも強く出てきたことに驚いたらしい唯は、

 人に見せてはいけない胡乱な目つきで柚木さんを睨みつける。

 白眼が大きくなりすぎて碧眼が四白眼みたいになってる。


 っていうか、ね。

 

 「唯。」

 

 「なに。」

 

 邪魔すんな、みたいな顔してるけどさ。

 

 「また太った?」

 

 「!?!?」

 

 ……あはは。

 頬肉が上下にバウンドしてる。


 「L寸入るまでこっちに来ないぞとか宣言してなかったっけ。」

 

 うわ、一瞬で碧眼がめっちゃ涙目になった。

 頬に空気も入れて膨らんじゃってる。

 ほんともう、子どもなんだから。

 

 「け、啓っ。

  う、う、うるさいぞ馬鹿ぁっっ。」

 

 あはは。

 豊原さん、めっちゃ戸惑ってる。

 16歳で7桁稼いじゃう人気絵師、Yzkさんの素顔はこんな感じですよ。


 ふぅ。

 まぁ、はるばるこっちに来たってことは。

 

 「今日、泊まるつもりだね。」

 

 「う、うむ。」


 丸くなった顔で、

 分かってるじゃないか、みたいな顔してるけどね。

 

 「母さんの部屋、レコーディング部屋になってるけど。」

 

 「!?」

 

 なんだよ、なぁ。

 一週間前とかに言ってくれればまだしも。

 無理か。唯にそんな発想あるわけないもの。

 

 ここで追い返したら絶対に病むよなぁ。

 まぁ、今回、唯にはだいぶん世話になってはいるわけだし。

 

 「じゃぁ、僕の部屋に泊まる?

  僕は父さんの部屋へ移るから。」

 

 「一緒に泊まってもよき。

  世伽をさし許す。」


 「!?」

 

 「それを決めるのは唯じゃないよ。

  僕らの家なんだから。」

 

 「むうっ!?」

 

 ……

 あ、あぁ。

 

 「と、いうことなので、

  今日はちょっと、難しくなっちゃったみたい。」

 

 豊原さんと柚木さんに頭を下げると、

 二人とも、なんとも言い難い顔をしている。

 まぁ、唯はキャラが強すぎるから。


*


 「どうやって来たの?」

 

 頬をたっぷんとさせた唯は、

 ドヤァな顔をして見たこともないタクシーアプリをつきつけてくる。

 

 「個人タクシー、

  乗務員、指定できる。」

 

 うわ。

 そんなのあるんだ、最近のアプリ。

 ほぼハイヤーじゃないか。

 

 「変な奴の車、乗りたくない。」

 

 それはまぁ、わからんでもないけど。

 相変わらず16歳の発言とは思えないな。

 それだけ稼いじゃってるわけだけど。

 

 「そもそも、啓が悪い。

  唯だけをもっと構うべき。」

 

 とか言ってるけど。

 

 「日勤できないでしょ、唯は。」

 

 究極の夜型だから。

 生活周期がほとんど合わない。


 「け、啓も通信夜学にすればいい。」

 

 「父さんに説明できる?」

 

 あからさまに嫌そうな顔をする。

 常識人で、理詰めで唯を追い込んでいく父さんは、

 唯にとっては恩人である以上に天敵だ。


 「まぁ夜に起きてるのはしょうがないけど、

  夜食べるほうが、昼の倍太るんだからね。

  どうせまたポテチばっかり食べてたんでしょ。」

 

 「違うぞ啓。

  ミルクチョコフレーク英国製だっ。」

 

 とんでもなく駄目じゃん。

 まぁ、でも。

 

 「tiktekの件、ありがとね。

  僕ではまず無理だったよ。」


 「……あ、あんなの、大したことじゃない。

  そ、その、ほんのちょっと使っただけ。」

 

 tiktekで公開したYzkの新作動画ティザーに使ったらしい。

 350万再生だっけな。いろいろ桁外れ。


 「……あれで終われたと思ったのに。」

 

 ん?

 

 「な、なんでもないっ!

  も、〇鉄100年やるぞっ!」

 

 あぁ。

 またやりたいんだ、あれ。

 いつもボ〇ビーを無理やり押し付けようとしては、

 逆に背負い続けて涙目になるのに。


*


 ふ、あぁぁぁ……

 

 「どうした、啓。」

 

 あぁ、康達か。

 

 「試験前に寝不足だなんて、啓らしくない。

  一夜漬けなんてしないだろ。」

 

 試験前だったんだよなぁ。

 それを告げて唯が態度を変えるわけもなく。

 まぁ、康達みたいな健全な部活陽キャに、

 一生遭遇することのない唯の生態を説明するのはめんどくさい。


 「一夜漬けじゃないんだけどね。

  ちょっと、いろいろ。」

 

 「柚木さんのこととか?」

 

 なにその訳知り顔。

 そういえば、柚木さん、なにか凄いこと言ってたような。


 「っていうか、啓。

  佳澄さんと知り合いだったんだな。」


 佳澄さん?

 あぁ、豊原さんのことか。

 って、なんで康達が

 

 「おー、お前ら、学期末考査はじめるぞ。

  机の中のものぜんぶカバンに入れろー。

  スマホも電源切ってカバンに入れとけー。

  不正行為バレたら停学だぞー。」


 あぁ。

 はいはい。切りますとも。


*


 うーん。

 やっぱり成績、下がったなぁ。

 父さん、怒らないだろうけれど、説明が難しいな。

 事実関係を告げると、また唯をニコニコ闇へ追い詰めるだろうし。


 「学年8位でしょ。

  なにが不満なの?」

 

 ぶっ。

 か、勝手に覗くなよめぐみ。

 

 「あはは。

  啓くん、珍しく深刻そうな顔してるなぁって。

  ちょっと見ちゃった。」

 

 あのなぁ。

 おい康達、お前の

 ……って、いないじゃん。


 「……こーくん、

  いま、ちょっと、揉めてる。」

 

 あぁ……。

 サッカー部の話かぁ……。

 先輩に敵視され、顧問とも拗れてるんだっけ。


 「……うん。

  ひょっとしたら、辞めちゃうかも。」

 

 う、うーん。知らないうちに溝が深まってるな。

 今学期中、柚木さんにほぼ全振りしてきたもんだから。

 っていうか、大会前にエースストライカー様と揉めるって

 3年生達、ほんと、どういうつもりなんだか。

 

 「……啓くんみたいに割り切れないんだよ、みんな。

  こっちだってずっと練習してきたんだ、っていう気持ち、

  私もちょっと、わかるから。」


 ……難しい、な。


 普通のカップルなら、

 こういう時こそ彼氏の側に立つべきなんだろうけど、

 めぐみと康達はちょっと事情が違うから。


 っていうか。


 「康達って、部の2年生の中ではどうなの?」

 

 「んー。

  私もサッカー部の中はよくわかんないんだけど、

  たぶん、啓くんより傍にいる人っていないと思う。」


 おいおい。

 同じ部活してる奴のほうが仲いいだろう、普通。

 

 「そうだねー。

  佳澄ちゃんとすっかり仲良くなってるもんね、啓くん。」

  

 ん……?


 ……

 ぶっ!?!?


 そ、そういえば、めぐみ、

 Ain_Tさんの中の人と幼馴染だったんだっけ。

 

 「あー、大丈夫だよ。

  佳澄ちゃんとコラボした相手が、

  ドークラの娘だなんて、絶対言わないから。

  あはははは。」

 

 ……存在自体が地雷原になってるぞ、めぐみの奴。

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