第7話
「ねぇねぇ、啓くん。」
ん?
なんだ、めぐ……
ぶっ!?!?
「この人達、知ってる?」
な、なんで、
こういうものと最も縁遠い陽キャのめぐみがっ。
「あ、その顔、
知ってるんだ。」
くっ。
成績悪い癖にこういうトコ無駄に鋭いなあいかわらずっ。
「ま、まぁね。
界隈で話題になってるから。」
「ふふ、そっかぁ。
んーとね?」
な、なんだ。
「私、
こっちの低音の人、知ってる気がするの。」
!!!!
……
って、
Ain_tさんのほうか。
っていうか、それもそれでどういうこと?
*
柚木さんの母親は、やはり、歌手だった。
といっても、底辺の。
デビューアルバム一枚が売れず、契約打ち切り。
「……この曲、
お母さんが一番、好きだったんだ。」
当然、絶版になっている。
はっきりいって、音響、整音、めちゃ悪い。
商用とは思えない低クオリティ。
予算が全然ついてなかったのか、
wikiで見当たらないアレンジャーの質が悪かったのか。
どっちでもあるだろう。
だから、この曲を、そのままは使わない。
原曲の譜面上の良さを生かしつつ、
原曲がイメージした時代を取り込み、丁寧に作り込んでから整音する。
……
残念ながら、実力的には、
柚木さんは、
それ以外の部分でカヴァーするしかないんだけど。
あぁ。
正直、僕じゃこれ、役不足なんだよなぁ。
もっと上手な連中がやったほうがずっといい。
でも、外注したら、柚木さんの素性がバレかねない。
音造りのプロでも、人倫の道では悪質な素人ってことは十分ありえる。
原譜のエッセンスをできる限り丁寧に起こしつつも、
柚木さんの伸びる部分を生かしたいので、1度だけ、下げる。
柚木さんが怒るかもしれないので両方作ってはおく。
……
改めて聴くと、なるほど、親子だ。
ソフトブレスとか、グルーヴとか、
声がタイトになる瞬間とか、めっちゃ似てる。
……もう、ここまでやったら、
円盤なんてただのサンプリングだ。
むしろ、怒ってくれたほうがいい。
そのほうが、柚木さんの狙いは、果たされるのだから。
*
『fantastic memories』
音楽的には1970年代末~80年代前半の
R&Bと、フュージョン、フィリーソウルを融合させつつ、
当時の宇田川町系の60年代リバイバルの流れも取り込み、
メロディラインのエッジがしっかり立った、売れ線に限りなく近い曲。
ただし、アルバムの一曲にとどまった。
レコード会社が戦略対象としてプッシュしなかったらしい。
Hiphop全盛期のご時世だと、確かにこの曲は押しづらかったろう。
『Miki Yuzuhara
Hidden jems of Japanese city pop』
Radditにリンクと、
Famous Japanese Internet Vocalistと書き込んでみたり、
匿名掲示板に流してみたり、
あちこちで囀ってみたりと、一通りの手は尽くした。
それでも。
知名度的にはほとんどオリジナル同様であり、
出足はめちゃくちゃ悪い。
「……7000、か。」
まぁ、こんなもんだろうとは思うが、
せめて3万くらいは廻って欲しかったなぁ。
最後のメッセージまで見てくれた人は5%くらいだとすると、
350人にしか届いてない。
あぁ。
悔しい。もどかしい。
こんだけいい曲なのに、
豊かな倍音が広がる、魂が震えるような歌唱なのに。
せっかく、堕とす突破口を掴んでいるのに。
これを突き付ければ、柚木さんの
あ。
……困った顔、させちゃってるな。
「……ほんとごめんね、柚木さん、
力不足で。」
「……ぜんぜん、ぜんぜんだよ。
私、動画三本あげて、200いかなかったんだよ?
50倍以上だよ。
……凄いよ、春日君。
ほんと、凄い。」
あぁ、
なんか、妻にしか褒められない駄目な夫みたいになってるな。
ほんの少しそれでいいと思っちゃってるのは心底申し訳ない。
*
うーん。
いくらなんでも少ないよな。
もう少し伸ばす方法はないものか。
触知するにしても、せめてこの3倍
……
は。
え。
「に、
に、にじゅうななまんっ!?!?」
な、
な、
な、なんだこりゃ。
ほとんど知られてない無名の曲で、
昨日まで一週間でたった7000だったのに、
なんで、こ、こんなに伸びてるんだ?
ぶ、ぶ、分析はいい。
こ、これは、チャンスじゃないかっ。
……
あぁ。
最後のメッセージ、目を通してくれた人は増えたけど、
予想以上に嘘情報がめちゃくちゃいっぱい来てる。
絶対に下心しかない奴らじゃん。
まぁネットはそんなもんだから、
削除するほどのこと
……
「驚きました。
譲原美紀さんを取り上げられただけではなく、
ピンポイントで、この曲を抜かれるなんて。
私は、この曲の作曲者です。
ネットで話題になっていると友人から聞かされて
アクセスしてみました。
韜晦されているようですが、素人の域を超えています。
この方、覆面のプロじゃないかと疑っています。
版権者だったら喜ぶべきなのでしょうが、
この曲は買取でしたから、私には何も入ってこないんですよね。
原盤版権が散逸してしまっているので、
復刻はまず無理だと思います。
この曲を取り上げて頂いたこと、
皆さんにこんな形で広めて頂いたことに感謝します」
いいね、が997、か。
……
みつ、かった。
引きずり、だせた。
身体が、震えてくる。
ここまで。
ようやくここまで、きた。
たぶん、これで。
……いや、しっかりしろ、僕。
いまこそ、兜の緒を締める時だ。
本当かどうか、きっちり精査しないと。
*
「本当にいらして頂けるかどうか、不安でした。」
「……
あんなものを見せられたら、
来ないわけにはいかないよ。」
……はは。
ははは。
「探しました。stlyxさん。
楽曲提供、これを含めて8曲のみですね。」
当然、wikiにも名前が載っていない。
海外のめちゃくちゃマニアックなサイトにも、
PNで乗っているだけで。
「……裏方に廻ったからね。」
音響側に廻ったらしい。
「編曲者にご不満があったとか。」
「……若かったんだよ。
いろいろな制約や柵があると、分からなかったからね。
一から全部やり切るだけのセンスは、俺にはなかったし、
なにより、創作源が枯れてしまった。」
……それが、別れた理由の一つか。
「……恥ずかしい話だが、縛られたくなかった。
俺みたいないい加減に生きている奴に、なれるとは思わなかった。
唾を吐いてくれて構わないが、堕ろして欲しかったんだよ。」
……だから。
柚木さんを、連れてくるわけにはいかなかった。
「……見ての通り、
俺は、救いようのないクズ人間だよ。」
そうだね。
人はみな、弱いと思う。
僕も、まったくそうだから。
「それを今更暴いて、
君は、なにがしたいんだ。」
……
「stlyxさんが、
最後に楽曲提供された曲、
なんとか、見つけました。」
『a tale of sadness』
「本当に好きだったのに、
二人の愛を閉ざした」
「……。」
「言葉もない手紙が
きみの元へ届く時
僕らはきっと笑顔で逢える」
「……っ。」
「おそらく、
この曲を、聴かれていたのだと思います。
だから、貴方の悪口を、
生涯、娘には言わなかった。」
「……
!!
ま、
まさか、
ま」
「その、まさかなんです。
秘密厳守、頂けますか。」
あぁ。
いい大人が、首を高速に縦に振るの、はじめて見たわ。
「原田重彦さん。
貴方の贖罪は、娘の命を、救うことです。」
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