第6話
コラボ案件は、メリットよりもトラブルを増やす。
特に、キャラとリアルが乖離している時は。
個人勢で、才能とセンスがあり、
コラボ相手として相性がよく、実力が拮抗していて、
常識を持ち、柚木さんの秘密を守れる誠実性がありそうな人物。
そんなもん、絶対にいるわけがないと思ったが、
一人だけ、いた。
「い、いいかなっ?」
柚木さん、緊張してるな。
映像通話、初めてらしいから。
ま、大丈夫。
だと、思うけど。
カメラの位置を気にしながら、
先方から指定されたリンクをクリックすると、
数秒して、相手方の画面が映ってくる。
あぁ。
「ぇ。
な、なに。」
「向こう、
カメラ、オフにしてる。」
どうやら、慎重なタイプのようだ。
益々信頼度があがったけど。
「……
そちら、
御園詩姫さん、で、お間違えないですか。」
落ち着いた感じの声だ。
「は、はいっ!」
向こうが軽く息を呑んだ。
思ったよりずっと声が若いからだろうな。
「はは。
はじめまして、Ain_tです。
いま話題の御園さんが、私なぞをお誘い頂いて、大変光栄です。」
うーん、地声、しっぶい。声優さんみたいに声が深いな。
にしても、顔出し、しないタイプなのか。
じゃ、なんで動画通話にしたんだろうな。
って。
あ。
ホワイトボードの共有をしたかったのか。
うわ、実務的な人だな。絶対に社会人だ。
「いま、御一緒に
プロデューサーさんがおられますか。」
?
「はい。」
え。
あの、ゆ、ゆづきさん?
「そうですか。
御声を拝聴して、改めて確信しました。
お一人の作業ではないなと。」
あ。
あぁ。
「Live3Dの元絵、差し支えなければですが、
絵師さんはYzkさんですか。」
Yzk。
唯のネット上のハンドル。
絵師としての知名度はかなりなものらしく、
FanCaseだけで既に7桁の収入を得ているらしい。
って、なんで分かるんだ。
「……はは。
恥ずかしながら、
私、Yzkさんのファンなので。」
え゛
って、
じゃぁ、まさか、
「……はい。
私、♀です。」
つぉぁっ!?
こ、こんな渋くて深い声なのに?
か、完全に♂を前提に発注したんだけど。
「……よく、虐められました。
高校も、それで、休学してしまって。」
あぁ……
なるほど、なぁ……。
って、初対面なのに、そこまで事情をあからさまに出すんかい。
え、ってことは、
まさか、10代とか??
唯のファンの時点でその可能性は高いな。
もしそうなら、結構、こっちの状況に近いわけか。
こっちも年齢詐称だもの。
ま、この情報自体、正しいかどうか分からないんだけど。
ネット上の繋がりの難しさ。
「あの、Ain_tさんは、
その、歌、どこかで習われたりとかは?」
柚木さんが珍しく自分から質問している。
「……いえ。
中学の時、吹奏楽部にいたくらいです。」
音楽的素養だけで、あれだけ歌いこなせるのか。
天性の才能かもしれない。その点は柚木さんと同じか。
大人びているのは吹奏楽部上がりだからかもしれない。
あそこは軍隊由来だし、体育会系だから。
「それで、コラボレーションのお誘いということですが、
具体的には。」
いろいろ予想外だったが、
それなら、こういう手が打てる。
*
<え。
三十路がボカロ?>
<野郎となんて地雷コラボかと思ったけど、
コーラスめっちゃ嵌ってる>
野郎じゃないんだな、これが。
<早い変拍子こんなサラっと歌えるんだ、三十路>
<あの転調の連続んとこ、
歌ってみれば分かるけど、めっちゃ難いんよ>
……柚木さん、かなりの幅で歌えるんだよな。
もちろん、手数の混んだものとかになると怪しくはなるけど、
この手の目くらましであれば十分いける。
うん。
変化球が初日に6万回廻れば上等だわ。
次が、このコラボプロジェクトの本命だから。
*
2000年代、男性ヴォーカル二人のユニット。
個々の歌唱力よりも、緻密なハーモニーで一世を風靡した。
その敷居の低さと世代を超えた知名度から、
多くのミュージシャン志望者にとって恰好の小銭稼ぎ先になっている。
はっきりいって、本家を舐めている。
相性の良い声同士で、相互を引き立てる
息のあった、緻密なハーモニーでなければ成り立たないのに、
多くの動画は、自分が気持ちよくなる、
自分が目立つために、相手を立てずにめいめい歌っているだけ。
当然、本家のほうがハーモニーが噛み合っている。
伊達や酔狂でプロになれたわけじゃない。
まぁ、みんな小金稼げてるから、ちょうどいいわけだし、
今回、こっちもその敷居、貸してもらう身なんだけどね。
掻っ攫うつもりで。
相手は天下を取ったプロだ。
こんなもん、生歌じゃ絶対だめだ。
生歌っぽく編集することはしても、
何十回、何百回でもリテイクを出して、針の穴の先まで緻密に仕上げる。
一音一音丁寧に歌いこんでもらいながら、
リスナーが違和感を持つ箇所、ハーモニーを遮るノート、
曲の世界に入り込めなくなるノイズやブレスを消し去っていく。
それこそレコーディングのように。
それでも、所詮は高校生。本家にはまず勝てない。
ただ、リスペクトの欠片もない同業者連中は潰せる。
悪いなお前ら、別のタカリ先を漁ってくれよ。
*
……う、わっ。
い、一週間で、48万回も廻った。
大台突破どころじゃない。文字通り、桁違いだ。
広告単価は最低レベルだが、それでも3万弱、入ってくる。
それよりも。
「スパチャだけで、4万円、か……。」
字幕くっつけたとはいえ、
アニメのタイアップですらないローカルなJ-popに海外勢が反応するとは。
これまでの積み上げからの手応えを感じられる。
これ、半々に分ける必要がないっていう。
Ain_tさんのほうでもコラボ動画は廻ってるわけだから。
しかし、これは……。
思ったよりもずっと、稼ぎが良くなってる。
良すぎるな。リアルでもネットでも嫉妬が集まってくる頃だ。
唯の時も、これくらいから騒がしくなっていたから。
ただ。
ここまですらも、すべて、お膳立てに過ぎない。
道を均してきたのは、ただ、この一曲のためなのだから。
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