第6話


 コラボ案件は、メリットよりもトラブルを増やす。

 特に、キャラとリアルが乖離している時は。


 個人勢で、才能とセンスがあり、

 コラボ相手として相性がよく、実力が拮抗していて、

 常識を持ち、柚木さんの秘密を守れる誠実性がありそうな人物。

 

 そんなもん、絶対にいるわけがないと思ったが、

 一人だけ、いた。

 

 「い、いいかなっ?」

 

 柚木さん、緊張してるな。

 映像通話、初めてらしいから。


 ま、大丈夫。

 だと、思うけど。

 

 カメラの位置を気にしながら、

 先方から指定されたリンクをクリックすると、

 数秒して、相手方の画面が映ってくる。

 

 あぁ。

 

 「ぇ。

  な、なに。」


 「向こう、

  カメラ、オフにしてる。」


 どうやら、慎重なタイプのようだ。

 益々信頼度があがったけど。

 

 「……

  そちら、

  御園詩姫さん、で、お間違えないですか。」

 

 落ち着いた感じの声だ。

 キャラ40代♂会社員と相応の印象を受けるが、どうだろう。


 「は、はいっ!」

 

 向こうが軽く息を呑んだ。

 思ったよりずっと声が若いからだろうな。

 

 「はは。

  はじめまして、Ain_tです。

  いま話題の御園さんが、私なぞをお誘い頂いて、大変光栄です。」

 

 うーん、地声、しっぶい。声優さんみたいに声が深いな。

 にしても、顔出し、しないタイプなのか。

 じゃ、なんで動画通話にしたんだろうな。


 って。

 

 あ。

 ホワイトボードの共有をしたかったのか。

 うわ、実務的な人だな。絶対に社会人だ。

 

 「いま、御一緒に

  プロデューサーさんがおられますか。」

 

 ?

 

 「はい。」

 

 え。

 あの、ゆ、ゆづきさん?

 

 「そうですか。

  御声を拝聴して、改めて確信しました。

  お一人の作業ではないなと。」

 

 あ。

 あぁ。


 「Live3Dの元絵、差し支えなければですが、

  絵師さんはYzkさんですか。」


 Yzk。

 唯のネット上のハンドル。

 絵師としての知名度はかなりなものらしく、

 FanCaseだけで既に7桁の収入を得ているらしい。

 

 って、なんで分かるんだ。

 

 「……はは。

  恥ずかしながら、

  私、Yzkさんのファンなので。」

 

 え゛

 

 って、

 じゃぁ、まさか、

 

 「……はい。

  私、♀です。」

 

 つぉぁっ!?

 こ、こんな渋くて深い声なのに?

 か、完全に♂を前提に発注したんだけど。

 

 「……よく、虐められました。

  も、それで、休学してしまって。」

 

 あぁ……

 なるほど、なぁ……。

 って、初対面なのに、そこまで事情をあからさまに出すんかい。


 え、ってことは、

 まさか、10代とか??

 唯のファンの時点でその可能性は高いな。


 もしそうなら、結構、こっちの状況に近いわけか。

 こっちも年齢詐称だもの。

 

 ま、この情報自体、正しいかどうか分からないんだけど。

 ネット上の繋がりの難しさ。

 

 「あの、Ain_tさんは、

  その、歌、どこかで習われたりとかは?」

 

 柚木さんが珍しく自分から質問している。

 

 「……いえ。

  中学の時、吹奏楽部にいたくらいです。」

 

 音楽的素養だけで、あれだけ歌いこなせるのか。

 天性の才能かもしれない。その点は柚木さんと同じか。

 大人びているのは吹奏楽部上がりだからかもしれない。

 あそこは軍隊由来だし、体育会系だから。

 

 「それで、コラボレーションのお誘いということですが、

  具体的には。」

  

 いろいろ予想外だったが、

 それなら、こういう手が打てる。


*

 

 <え。

  三十路がボカロ?>

 

 <野郎となんて地雷コラボかと思ったけど、

  コーラスめっちゃ嵌ってる>

 

 野郎じゃないんだな、これが。

 

 <早い変拍子こんなサラっと歌えるんだ、三十路>


 <あの転調の連続んとこ、

  歌ってみれば分かるけど、めっちゃ難いんよ>

 

 ……柚木さん、かなりの幅で歌えるんだよな。

 もちろん、手数の混んだものとかになると怪しくはなるけど、

 この手の目くらましであれば十分いける。

 

 うん。

 変化球が初日に6万回廻れば上等だわ。

 次が、このコラボプロジェクトの本命だから。


*


 2000年代、男性ヴォーカル二人のユニット。

 個々の歌唱力よりも、緻密なハーモニーで一世を風靡した。

 その敷居の低さと世代を超えた知名度から、

 多くのミュージシャン志望者にとって恰好の小銭稼ぎ先になっている。

 

 はっきりいって、本家を舐めている。

 相性の良い声同士で、相互を引き立てる

 息のあった、緻密なハーモニーでなければ成り立たないのに、

 多くの動画は、自分が気持ちよくなる、

 自分が目立つために、相手を立てずにめいめい歌っているだけ。

 

 当然、本家のほうがハーモニーが噛み合っている。

 伊達や酔狂でプロになれたわけじゃない。

 

 まぁ、みんな小金稼げてるから、ちょうどいいわけだし、

 今回、こっちもその敷居、貸してもらう身なんだけどね。

 

 掻っ攫うつもりで。

 

 相手は天下を取ったプロだ。

 こんなもん、生歌じゃ絶対だめだ。


 生歌っぽく編集することはしても、

 何十回、何百回でもリテイクを出して、針の穴の先まで緻密に仕上げる。


 一音一音丁寧に歌いこんでもらいながら、

 リスナーが違和感を持つ箇所、ハーモニーを遮るノート、

 曲の世界に入り込めなくなるノイズやブレスを消し去っていく。

 それこそレコーディングのように。


 それでも、所詮は高校生。本家にはまず勝てない。

 ただ、リスペクトの欠片もない連中は潰せる。

 悪いなお前ら、別のタカリ先を漁ってくれよ。


*


 ……う、わっ。

 い、一週間で、48万回も廻った。

 大台突破どころじゃない。文字通り、桁違いだ。


 広告単価は最低レベルだが、それでも3万弱、入ってくる。

 それよりも。

 

 「スパチャだけで、4万円、か……。」

 

 字幕くっつけたとはいえ、

 アニメのタイアップですらないローカルなJ-popに海外勢が反応するとは。

 これまでの積み上げからの手応えを感じられる。

 

 これ、半々に分ける必要がないっていう。

 Ain_tさんのほうでもコラボ動画は廻ってるわけだから。

 

 しかし、これは……。

 思ったよりもずっと、稼ぎが良くなってる。

 良すぎるな。リアルでもネットでも嫉妬が集まってくる頃だ。

 唯の時も、これくらいから騒がしくなっていたから。

 

 ただ。

 ここまですらも、すべて、お膳立てに過ぎない。

 道を均してきたのは、ただ、この一曲のためなのだから。

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