第5話


 企業案件、ねぇ。

 30代主婦用の化粧水をガワつき歌い手チャンネルでどう告知しろと。

 却下。

 

 コラボのお誘いねぇ……。

 誰が得するんだよ。こっちの得なんてひとつもない。

 却下。

 

 登録者8000人くらいでも、

 こういうの、ちょこちょこ来たりするのか。

 要点を外してるのが多くてめんどくさいなぁ。

 

 「……。」

 

 ん?

 柚木さん、関心、あるの?

 出方、ちょっと難しいと思うけど、やりたいなら

 

 「……

  ううん。

  その、ご、ごめんね。

  春日君に、こ、こんなの、させちゃって。」

  

 あぁ。

 

 「大丈夫だよ。

  部活も入ってないし。」

 

 「……。」

 

 ん?

 なにか

 

 「……

  ううん、なんでもない。」

 

 ま、いいか。

 じゃ、次はこれだな。

 

 1980年代初頭にデビューしたものの、

 ソロシンガーとしてはアルバム2枚で活動を終え、

 コーラスシンガーとして裏方へ廻った人。


 国内では相当マニアックな題材だけど、

 海外では地味に名がある人だから、大丈夫だろ。


*


 う、はは。

 1週間で7万回廻ったわ。目標値の倍以上だ。

 誰もいなかったからね、この人演ってるの。


 潜在的な需要はあるけど演られてない人っていうのは穴場なんだよ。

 ロングテールを考えれば、いまのペースでも、半年で15万は廻る計算になる。


 まぁ、めっちゃ練習して貰ったけど。

 譜面、真っ黒にしたもんな。

 

 <やばい、なにこのハスキーさと深さ。

  鳥肌立った。やっぱり30代は違うな>

 

 17歳だよん。

 

 <お願いです

  デビューしてくれませんか

  絶対買います!>


 絶っ対買わないだろ、こういう奴。

 

 <倍音がやばすぎる

  っていうか、本人、聴いてるんじゃね?>

 

 そういえばコーラスシンガーとしては

 まだ現役だったな、この人。

 版権に鷹揚な人であって欲しいんだけどなぁ。


 予想通り、英語コメントがいっぱい来てるな。

 英語圏の人のほうが熱烈長文がぽこぽこ混ざる。

 英語で書いてるだけでアジア圏も結構いるんだけど。


 ……

 あは、は。

 一日で700人も登録者がついたよ。

 過去のアクセスもいっぱいついてきた。凄いな。


 ……はいはい、アンチの書き込みはサックリ消しましょうね。

 IDはしっかり抑えたし、IP探って運営に通報っと。

 こんなのは容赦なく淡々とやるべき。


 ……炎上ネタ投下してなくてもこんなやばいの出るわけだから、

 リスク、高いよなぁ。唯とかほんと、よくやってられるなぁ。

 他人事だから淡々とやってられるけど、自分が

 

 ……!

 

 う、うわ。

 ついに、来たかっ。

 

 赤じゃないけど、

 

 <\2000>

 

 スパチャ様がぁっ。

 企業勢じゃないから10割直入っ。


*


え?


いま、なんて。


「そ、その、

 こ、口座、わ、わたしの名義に、しないで。

 お、お願い、だから。」


……。


なんだろ、泣きそうになってるんだけど。


……

まぁ、

毒親、だよな。


ん?

だと、すると。


「前に収益化、しなかったのって、

 それ?」


「……

 それも、ある、よ。

 でも、そもそも、前は、

 こんな、アクセス数、なかったし。」


 ……あぁ。

 まさかとは思うけれど、

 アルバイトや現金収入に忌避感を持っている理由も、それか。

 

 断るのが筋として正しいし、

 そのほうがずっと簡単なんだけど。

 

 「……じゃぁ、僕が、僕の名義で管理口座を作って紐づけとく。

  カード作って暗証番号を共有するから、いつでも好きにおろして。」

 

 柚木さんのお金だからね、100%。

 

 「……

  うん。」


 ……あぁ、めっちゃほっとした顔してる。

 難しいなぁ。

 親、選べないもんなぁ。


*


 「啓。」

 

 うん?

 

 「飯、食わね?」

 

 は?

 康達、お前、部室で食うんじゃないの?

 

 「はは。

  ま、そうなんだけどさ、

  先輩に気ぃ使いながら飯食うの、めんどくさいんだよ。」

 

 団体競技でそんなことしていいのか。

 いいのか。なんせエースストライカー様だから。

 コイツいなくなったら一試合3点が1点になっちまう。

 

 って。

 

 「うぉーいー。

  こーくん、連れてきたよー」

 

 ん。

 ん??

 

 なんで、めぐみと、柚木さんが、一緒に?

 

 「だって、私達ドークラだもん。」

 

 同じクラスだったのか。

 うーん、陽と陰、全然接点がない筈なんだけど。

 まぁ、いまの柚木さんなら、めぐみの眼にも止まるってことか。

 

 っていうか、

 なに二人してウィンクしてんのこの爛れカップル。

 

 「っていうかね、

  いとちゃん、クラスに置いといたら、

  男子、スゴいんだってば。」

 

 ん?

 

 「ほほぅ。」

 

 「今日だけで、告白、2件だっけ。」

 

 「い、いや。

  そのっ。」

 

 うわ。

 

 「ほんと男って顔しか見てないよね。

  バカだよね、もう売約済なのにさー。」

 

 ん?

 

 「ひ、ひ、檜山さんっ!!」

 

 売約済、ねぇ。


 ……もしそうだとすると、彼氏、ずいぶんいい加減な奴なんだな。

 柚木さんの家の状況、分かってて放置してたんだから。

 そんな彼氏、棄てちゃったほうがいいと思うけど。

 

 「啓。

  お前、どうせまた明後日のこと考えてるだろ。

  バカだから。」

 

 は?

 部活バカの康達に言われたく

 

 「あー、はいはい。

  ご飯たべよーよ。

  このリンゴ、私がおてずから剥いたんだよ?」

 

 リンゴだけかよ。


*


 「あぁ、ありがと。大丈夫だよ。

  うん、父さんも。」

 

 ……ふぅ。

 忙しいのに、申し訳ないなぁ。

 

 ま、見通しは立った。

 柚木さんのお金に手をつけたくなかったから、

 この件、ちょうど良かったと思う。

 

 やっぱり、大人に相談したほうが話は進みやすい。

 心底、父さんと母さんの子で良かったと思う。

 よく親ガチャっていうけど、

 一回も廻してないやつなんてガチャって言っていいのかな。

 

 まぁ、

 柚木さんの場合は、

 ガチャを廻せることが分かっちゃったんだけど。

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