第4話


 歌モノでバズるのは、

 ある程度以上の話題性や潜在需要が前提だけど、

 

 <素人にまったく期待してなかったけど、全然上手いじゃん>


 <感動しました。

  青春時代が蘇ります>

 

 <アナタハカミデス>

 

 ……最後のは見なかったとして。

 

 要するに、こうだ。

 

 『本人に似た声質で、

  本人より上手か、

  最低でも同格』

  

 容姿売りやキャラ売り、話芸持ちなどの特殊スキルや

 コネの山、知名度ごり押しなどの属性持ちを除くなら、

 底辺歌い手がハネるのは、この一点だけ。

 

 上手いだけなら、本人のほうがずっといい。

 それなら、本人を聴けばいい。

 そもそも、本人めがけて整音と加工をがっちり終えている

 プロの編曲技術、音響技術に、ただの素人である歌い手が勝てるわけがない。


 歌唱力では柚木さんを上回る一流のプロですら、

 この線を無視して自滅するケースがかなりある。

 

 で、ここには、隙間が、ある。

 それが。

 

 <専業主婦御園さんの、暇つぶし歌謡劇場>

 

 必ずしも上手ではなかったが、

 国内どころか、世界的に広がりがある領域。

 それが、1980年代~90年代前半のシティポップ枠。

 アニメのタイアップ曲ならなおいい。

 

 この線に比較的近い、21世紀の曲も歌ってもらう。

 リクエストは、この線にあるものだけを恩着せがましく取り上げる。

 北上准子? 今村由香? 神崎菫? ただの地雷原だそんなの。

 

 柚木さんの声質に合致し、本家よりも柚木さんのほうが巧く聴こえる楽曲を

 集中的に取り上げた結果、登録者は2か月で3000人を軽々と超えた。


 見立てよりもずっと早いペースだろう。

 企業勢でないmetuberの歌い手としては、相当早いほう。

 唯の時の試行錯誤が生きてるというか


 「……

  2年、かかったのに。」

  

 2年もやってたんだ、Uta。

 とすると、お母様の件は、それよりも前からなわけか。

 

 でも、まぁ。

 

 「銀の盾までは貰おうか。」

 

 登録者数、10万人。

 1%を切る枠だ。

 

 「ひっ!!」

 

 桁二つ超えるとは思わなかったらしく、

 おろした髪をぶるぶると震わせている。

 

 「この曲、広めるんでしょ?」

 

 それが目的だということは、はっきりしている。

 だからこそ、柚木さんは、あんな目に遭遇しかけても、

 歌い手を辞める、とは言わなかったわけだし。

 

 「……

  そう、だけど。」

 

 そろそろ、聞いてみようかと思ったけど、まだ固いな。

 この件は、まだ、先か。

 

 で、あれば。

 地盤づくりといくまでで。

 

 「じゃ、

  次、この曲かな。」

 

 Rabbitで発掘されてバズりそうな曲。

 80年代ラブコメのエンディングテーマ。

 版権が緩い時代にフランスやイタリアでも放映していたようだから、

 地味に世界進出していたらしい。


 「……。」

 

 「ダメ?」


 「……

 

  ううん。

  これ、お母さんの曲に似てるから。」

 

 あ。

 先に言っちゃうスタイルか。

 

 で。

 うわ、めっちゃ顔、真っ赤。

 手を振ろうとして固まってる。

 言うつもり、なかったんだろうな。


 「……

  もしか、して、

  この、ため?」

 

 いや?

 ただの偶然なんだけど。

 っていうか、まぁ。


 「アクセス数だけを伸ばそうとするなら、

  柚木さんの顔出しのほうが効果あるんだけどね。」

 

 え?

 っていう顔をしてる。

 

 「だって、ほら、

  柚木さん、美少女でしょ。」

 

 「び、び、びしょうじょ?」

 

 「うん。」

 

 「……う、

  う、

  ウソ、つかないでっ!」

 

 つく理由がないんだけど。

 こんな頑なに否定するっていうのは、何か、あるわけか。

 

 「ま、顔出しはデメリットしかないからね。

  ちゃんと、ガワもあるし。」

 

 「……。」

 

 「あ。

  美少女っていうのは、ほんとだからね。」

 

 「っ!?

  れ、れ、練習、するからっ!」

 

 あらら。

 ほんと、真面目なんだよな、柚木さん。


*


 あ。

 柚木さん、だ。


 学校では相変わらず地味な格好してるなぁ。

 勿体ないことこの上ない。

 

 まぁ、本人の好みだから、

 僕から言うことは何もないけど。

 

 ん?

 視界が、昏く

 

 「だーれだっ。」

 

 あぁ。

 

 「めぐみ、か。」

 

 「ぴんぽーん。

  啓くん、よーくわかったねぇ。」

  

 「女子の友達、少ないからね。」


 男子も少ないけど。

 

 「あはは。

  自慢にならないよ、それ。」

 

 めぐみみたいな陽キャの代表と比較されても。

 

 「ね、啓くんさ、

  遊びに行かない?」

 

 あいかわらず突然だな。

 彼氏といけばいいのに。

 

 「だってさ、こーくん、

  部活だって相手にしてくれないんだもん。」

 

 あぁ。

 

 「試合が近いんだっけ。」

 

 「そーそー。」

 

 「女子は?」

 

 「んー、皆、

  彼氏がちゃんと相手してくれるからさー。

  ちょい誘いづらくって。」

 

 さすが陽キャグループ。

 皆、相手がいるわけね。

 

 ……っていうか。

 なんとなく、察したけど。

 

 「セルライトムービーですな。

  よいご趣味をお持ちで。」


 「左様ですのよ、

  オホホホホ。」

  

 なに、その中途半端なキャラ。

 

 「啓くんが振ったんでしょ?

  もう、ノリ悪いなぁ。」

 

 まぁ、康達はアニメなんて見ないからな。

 陽キャ共も絶対見ないだろ。

 

 「いつ?」

 

 「今日。」

 

 げ。

 

 「だって、ペアチケ、今日までなんだもん。」

 

 ……ほんと、いろいろと突然すぎる。

 

*


 ……

 

 え゛

 

 「おはよう、春日君。」

 

 ゆ、

 

 「柚木さん、だ、よね?」

 

 「う、うん……。」

 

 う、うわ。なんだ?

 朝から隣のクラスに来てるし、どういう風の吹き回しなんだ。

 

 「見せないように、してたんじゃないの?」

 

 「その必要、なくなったから。」

 

 ん?

 

 「それよりも、

  ずっと、大切なことができたから。」


 ?

 

 「……

  その、

  う、嘘じゃ、ないんだよ、ね。」

 

 嘘?

 あぁ。

 

 「うん。

  凄く、綺麗だよ。」


 あ。

 首筋から上、すぅーっと真っ赤になった。

 ただの事実を告げただけで。

 

 「おはよう、啓。」

 

 あぁ、康達か。

 まったくもう。

 

 「昨日、めぐみが世話になったみたいだね。」

 

 「そーだぞ。

  試合終わったら、ちゃんといってやれよ。

  彼女の趣味につきあうのは、彼氏の義務だぞ。」

 

 「はは、

  その律義さ、啓らしいな。

  ……

  

  ……

  えっ、と。

  誰? この娘。」

 

 ん?

 なに言ってるんだ、コイツは。

 

 「柚木さんだよ、図書委員の。」

 

 「あぁ。

  

  ……え゛?!

  

  いや、あの、

  柚木さんって、ええ??」

  

 失礼だな、康達の奴。

 

 「柚木さんは元々こうだったろ。」

 

 「え?

  う、うーん。

  

  ……。

  

  その、柚木さんさ、

  ちょっと、来てくれる?」

  

 「!

  は、はいっ!」

 

 ?

 なんか、康達に連れ去られていったけど。

 あいつ、彼女持ちなのに。

 ま、めぐみが嫉妬するってことは絶対ないだろ。

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