第2話
「……
そ、その、
わ、私、
う、う、う、
歌い手なのっ!」
歌い手?
「歌い手っていうと……、
ネット上で歌を歌う人、かな?」
「……うん。」
へぇー。
人は見かけによらないというけれど。
うわ、顔、赤くなってる。
「……そ、その、
て、底辺で、か、勝手にやってるだけだから。」
そうすると、これは歌い手の衣装?
だいぶん派手な衣装なんだけど。それこそアイドルみたいな。
「この姿で歌ってるの?」
「……ううん。そんなわけ。
これ、コラボ相手が指定してきたの。
わざわざ、服、送りつけてきて。」
コラボ、先とな。
「……い、いつもなら、部屋で宅録するんだけど、
どうせだから、ちゃんとしたスタジオで録ろうってなって。
……私、あんまり考えなしに出て行っちゃって。」
……うん。
「そしたら、そこ、スタジオなんかじゃ全然なくて、
必死に出てきたんけど、追ってこられそうで、
ど、どうしようかって思ってたら。」
……僕が、声をかけたと。
「う、うん……。」
……卑劣な話、だな。
唯の時は、未然に防げたけど、これはもう。
「警察に相談する?」
「だ、だ、だ、だめっ。
アルバイトしてることが、
お、あ、が、学校にばれちゃう。」
アルバイト。
これって、アルバイトかな。
どっちかというと自営業
「う、歌い手だって、し、知られたくない。
が、学校にも、く、クラスの娘たちにも。」
……まぁ、その気持ちはなんとなくわかる。
でも、それなら。
「どうして僕には教えてくれたの?」
「……
春日君は、恩人だもの。」
恩人、ね。
「ちょっと大げさかな。
たまたま通りかかっただけだよ。」
「……ううん。
ありがとう、春日君。
ほんとに、ほんとに、ありがとう。」
……涙目になりながらこんな手放しで御礼言われちゃうと、
なんだか、すごく、面はゆい。
「夜、遅くなっちゃってるね。
ご家族の方とかに迎えに来てもらう?」
……あらら。
一瞬で顔が曇った。
「……
そ、その。
う、うち、誰もいないの。」
え。
家と、同じか。
「……
う、歌い手としてはやりやすいんだけど。」
……まぁ、それはそうか。
うーん。
めぐみとかに手伝ってもらう手もあるけど、
まぁ、今日のところは。
「母さんの部屋、泊まる?」
「ぇ゛」
「一応、最小限の掃除はしてあるから、
泊まれはすると思うよ。」
「……そ、そ、
そういうことじゃ、なくて。」
ん?
「……
う、ううん。
……
ご、ごめんね、春日君。
お願い、できる?」
*
……
あ。
うわ。
昨日のキャベツと人参が、
こんな形で千切りサラダに化けてる。
じゃ、なくて。
『先に行くね。
ありがとう。
ほんとうに、ありがとう。』
……
うん。
外、晴れてるし、
一人で帰っても大丈夫、かな。
はぁ。
なんだか気疲れしたなぁ。
今日が休みで良かった。
ん?
これ……
QRコード、か。
*
あ。
柚木さん、だ。
……
うーん、いつも通り、
人前では絶妙の地味さだなぁ。
長く広がり気味の髪を無造作に結び、
少し強めの縁のある眼鏡に前髪が掛かっている。
制服は規定通りで、少し猫背気味。
ちょっと髪を上げるだけで、印象の強い瞳が隠れてるのに。
まぁ、これだと誰も気づかないよな。
「啓?」
あぁ、うん。
申し訳程度にほんのちょっとだけ会釈すると、
柚木さんは、慌てて顔ごと逸らした。
*
<ご、ごめんなさい
その、高瀬君がいたから>
あぁ、なるほど。
康達のファンがうるさかったかもしれないな。
<こっちも気遣いが足らなくて>
っていうか、
柚木さんも康達がいいのかもしれないなぁ。
あの変装した格好であれば、見劣りはしない。
まぁ、康達にはちゃんと立派な彼女がいるんだけども。
そろそろ、お披露目になるのかな。
<あぁ、
こないだのサラダ、ありがとね>
<(お安い御用だ、のスタンプ)>
時代劇?
さて、と。
そろそろ風呂でもしようかな。
ん?
柚木さんから、リンク、送られてきてる。
えーと?
あ。
『Uta』
……
これが、柚木さんの、か。
えーと、
チャンネル登録者数1203人、か。
底辺というには多いけ
……
ん?
……
え。
これ、って……
……
こ。
これ、は。
*
「!
な、なにっ!?」
あらら、音声通話で驚くタイプか。
「ごめん。
音声、やめようか?」
「う、う、ううん。
ど、ど、どうしたの?」
RINEで送るのはちょっと味気なかったから。
「聴いたよ。
……
良かったよ、もの凄く。」
身体が、芯から震えたくらいだから。
当たりはずれは相当あったけど。
「……。
そ、その、
あ、ありがとう。」
「だいぶん昔の曲が多いね?」
そう。
ここ5年以内の曲はほとんどない。
といって、いわゆる昭和歌謡というほどは古くない。
父さんとか母さんが僕らの年頃に聴いてたような感じ。
「……
こ、これなら、
み、身バレしないかと思って。」
あぁ。
そういうこと、か。
「……それに、ね。」
「うん。」
「そ、その、
お母さんが、聴いてくれるかな、って。」
……。
母親は、家にいないんじゃなくて、
いない、のか。
*
え。
「収益化、してないの?」
頷かれちゃった。
1000人を超えていれば、収益化はできるのに。
「……
著作権があるやつばっかりだから。」
版権使ってても収益化してる例は腐るほどあるけど、
柚木さんは嫌なんだろう。
そんな真面目な柚木さんが自転車二人乗りを頼んだくらいだから、
こないだはほんとに危機的だったってことか。
「じゃぁ、これで儲けようとはしてないんだね。」
「……うん。」
勿体ないなぁ。
まぁ、柚木さんの目的は違いそうだけど。
あ。
「コラボの件、どこから?」
「……聴いててくれた人だとばっかり思ったんだけど、
その、ぜんぜん、ちがくて。」
……。
相当悪質な例だな。
10代女子だとバレてるってことか。
だと、すると。
「Uta宛の
あはは、涙目で頷かれちゃった。
なるほど、企業系が存在する意味があるわけか。
「chirpingのUtaのIDとパスワード、教えてくれる?」
「!
な、な、なんで。」
「ほんとは、別の公式アカウントを作ったほうがいいと思うけど、
消したくはないんでしょ?」
「う、うん……。」
「DM、こっちでもひととおり見れるようにしておけば、
柚木さんが判断に困るようなとき、楽でしょ。」
「……。
考えてる。
考えてるな。
ん?
いや、
「……なんで、春日君がそこまでしてくれるの。」
あはは。
そりゃやっぱり、言われるよなぁ。
「乗りかかった船、かな。
あとは、まぁ。」
……。
「柚木さんの願い、叶えたくなったんだ。
それに、ほら、ちょっとヒマだし。」
「……
そっち、言わなくてもいいのに。」
……なんか、恥ずかしくなっちゃって。
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