襲われそうになっていた底辺歌い手を支えたら、修羅場が待っていた

@Arabeske

序章

第1話


 ふぅ。

 今日から、一人か。


 やっぱり、父さん達についていくべきだったのかもしれない。

 いや、今更かな。

 

 考えてみれば、2年以上、同じ土地に住むのは初めてになるのか。

 ……ま、なんとかなるか。


*


 うーん。

 どうしてこう、要点を外すんだろうな。

 原盤へのレスペクトがまったく感じられない。


 なんていうか、話題性だけで数字を攫って行く感じだよな。

 まぁ、それも一つのやり方ではあるんだろうけど、

 なんていうか、やってて虚しいと思うけどなぁ。


 唯くらい突き抜けてれば文句もないけど、

 金の亡者の癖に、そう見せないフリをするあたりも虫唾が走る。

 いや、それはいくらなんでも潔癖症すぎるな、僕が。

 

 ……21時半、か。

 metube眺めて不毛なこと言ってるうちに、結構な時間になってる。


 昼だけの日決めだったものが、

 月決めで二桁上の食費をぽんと渡されるようになると、

 金銭感覚も変わってくるよなぁ。

 

 まぁ、外食費がいかに高くつくかを思い知らされたけど。

 なるほど、自炊はコスパがいい。


 いいんだけど、なんていうか、

 自分ひとり用の食事を作るというのに、こうも早く飽きるとは思わなかった。

 お茶漬けひとつ作るのもめんどくさくなるなんて。


 ……栄養バランス、めちゃくちゃになってる。

 今日くらいは見切り品の野菜を入手してこよう。

 袋麺に入れれば気休めくらいにはなるだろ。

 

 あぁ。

 せっかくだから。


*


 駅前近くの高級スーパー。

 家の近くのお財布に優しいスーパー群に比べ、閉まるのが1時間遅い。


 ちょっといい服を着てる通勤帰りの疲れたサラリーマンたちを横に、

 まっすぐにお勤め品コーナーに向かう。


 ……おおー。

 有機のキャベツが半値だ。

 半値でやっとうちの近くのスーパーの正規価格なんだけど。


 これと有機の人参を買って袋麺にぶち込むとしよう。

 それともパスタに混ぜようか。

 って言ってたらこの有機のオリーブオイルも半値か。


 げ、めっちゃ高いな。

 半値になっても家の近くのスーパーよか高いわ。

 これはさすがに見送り。


 ま、当初予定通りに多少マシな野菜が採れたから、

 これでよしとしますか。


 がらんどうのレジは二人組で、

 一人がPOSに通しているうちに、もう一人が袋詰めしてくれる。

 うちの近くのスーパーじゃ絶対ありえないなぁ。

 

 高級スーパーの袋を持っていると、

 なんとなく自分がリッチになった気がする。

 するだけ。

 

 さて、と。

 自転車にこれを乗せ……

 

 ……ん?

 

 ……

 

 え。

 あの、娘。

 学校の姿とだいぶん違うけど、ひょっとして。


 でも、なんで、こんな夜中に。

 っていうか、なんかきょろきょろしてるし、

 いつも以上にオドオドしてるような。

 

 ……

 

 「……その、さ。

  柚木、さん、だよね?」


 「ひゃっ!


  か、か、

  か、春日、くんっ?!」


 その声、やっぱり柚木さんか。

 制服の時と、だいぶんイメージが違う派手な服装だったから、

 別人だったらどうしようかと思ったけど。

 

 「ご、ごめん、

  驚かせちゃった?」

 

 「う、うん。

  そ、その、すっごく。」

 

 あらら。

 まぁ確かに、夜中に男から声をかけられるのは、

 あんまりいい気分ではないだろうな。

 

 「ごめんね。

  見知った顔がいたものだから、つい。」

 

 じゃ、と、手を振って、

 貴重な有機野菜を積んだ自転車に乗り込もうとすると。

 

 ぇ。

 

 「あ、あの。」

 

 って、なにしてるの柚木さん。

 そんなキャラじゃないでしょ。

 

 「ほ、ほんとごめん、

  の、乗せてぇっ!」

 

 乗せてって。

 自転車の二人乗りは立派に違法だけど。

 

 って。

 

 涙目のまま、めちゃくちゃ切羽詰まった顔してる。

 さっき路上をキョロキョロしてたことも含めて、

 なにか、のっぴきならない事情があるんだろう。

 

 事情がまったくよくわからないけど、知らない娘でもない。

 それ、なら。

 

 「しっかり捕まってて。」

 

 「!

  う、

  う、うんっ!」

 

 ……有機野菜を乗せた電動自転車で言っても、

 まったく締まらないよなぁ。


*


 「……ほ、

  ほ、ほんとに、いいの?」

 

 そんな顔されてたら、ほっとけるはずないもの。

 

 「大丈夫だよ。

  家、僕一人だから。」

 

 「ぇ。」

 

 「いつもなら、親の転勤についていくんだけど、

  大学の志望先がこっちだからって。」

 

 「そ、

  ……そう、なんだ。」

 

 ……

 ふぅ。

 

 とりあえず、買い物カゴから戦利品を出す。

 これで明日は一ランク豊かな夕食になるわけだ。


 あ、明日の朝のこと、あんま考えてなかったな。

 毎日2食考えるのも面倒になってきた。大丈夫かな一人暮らし。

 

 「じゃ、入って。」


 「う、うん。」


 がちゃっ。

 

 「……

  ひ、広いねっ。」


 「まぁ。

  僕含めて三人住んでたからね。」

 

 2LDK。

 両親の部屋はほぼそのままにしてある。

 いつ戻ってきてもいいように。

 

 ……。

 

 あ。

 

 「紅茶でも飲む?」

 

 勤続20周年で貰った記念品。

 もちろん、お父さんの。

 

 「お、おかまいなくっ。」

 

 そっか。

 じゃ、淹れよう。

 なんか理由くっつけて自分が飲みたいだけだから。

 

 ……。

 まぁまぁいい茶葉だ。贈答品の中程度くらい。

 あんまり高すぎると気、使わせるだろうから、

 これくらいでちょうどいいのかもしれない。

 

 ひさびさに〇ェッジ〇ッドに登場願いますか。

 あぁ、僕一人になってから全然使ってないな、これ。

 そりゃそうか。一人だけだったら、こんな贅沢考えないもの。

 

 「……。

  

  その、

  あり、がとう。」

 

 うん。

 ちょっと、落ち着いてきたかな。

 よい茶葉は心を落ち着かせるから。

 

 「……。

 

  あの。

  その、ね、春日、君。」

 

 ん?

 

 「その、

  聞か、ないの?」


 「聞いて欲しい?」

 

 「……。

  

  ……。」

 

 柚木さんは、それぎり、黙ってしまった。

 香りの良い紅茶を啜る音が、僕らの間に挟まって響いている。

 

 「……

  

  また、

  春日君に助けてもらっちゃったね。」

 

 ん?

 

 「ほら、去年。

  図書委員会の時。」

 

 あぁ。

 あれはでも、向こうが無茶なだけだから。

 

 「……春日君が、

  先輩に向かってあんな言い方するなんて、思ってなかった。」

 

 あれは人として失敗だった。

 同じ内容でも、もうちょっと違う言い方はあったと思う。

 

 「……

  うん。」

  

 よき紅茶を飲んだせいか、

 柚木さんは随分落ち着いた顔になった。

 

 「か、春日君、

  わ、私のこの格好、どう思う?」

  

 どう、か。

 

 「似合ってるよ。

  こういう服も着るんだなぁって。」


 服というよりも衣装だ。

 それこそ、ステージにあがるアイドルが着るような。

 眼が隠れてる髪を上げればもっと似合うのに。

 

 「……ありがとう。

  で、でも、

  これ、わ、私の趣味じゃ、ないの。」

 

 ん?

 

 「……あの、ね。」

 

 うん。

 

 「……


  そ、その、

  わ、私、


  う、う、う、

  歌い手なのっ!」

 

 歌い、手?

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