第7章 坂田史宏④

邂逅


 涼花すずかが駆けだして。


 俺が新矢あらやくんを追って公園に入ったとき、ふたりは抱き合っていた。

 いくつものことに驚いた。涼花が新矢くんに触れている。しかも抱き着いていて。しばらくして離れたけれど、涼花は泣きながらも笑っていた。


 そして、趣里しゅりがいた。

 俺に気が付いた趣里がそそ、と隣に歩いて来る。


「大丈夫みたい」

「……驚いた」

「ね。克服はまだ無理だろうけど。大きな一歩だね。良かった」

「そうじゃなくて。いやそれもあるが、……お前がいて」

「たまたまだよ。ホテルがこの近くなだけ。例のごとく散歩してて。泣いてたからさ、誰かさんみたいに」

「お前には、泣いている奴を放っておく選択肢がないのか」

「どうだろう。おれは誰かがうれしいならうれしいし、誰かがかなしいんならかなしいんだ。目の前で泣かれちゃ、どうしようもない」


 趣里は笑った。


「向いてないねえ、やっぱ。辞めてよかったかな、好きだったんだけど」

「仕事か」

「うん、好きだった。でも同じくらい嫌いだった。つらくてさ。しんどくて。おれのできることなんてなにもなくて。結局ひとは、自分自身にしか救えないんだと思う。おれが何かをしても、海の水を掬うようなものでさ、取るに足らないことだよ」

「……でも、掬い方を知らない人間からすれば、それで十分だろう」


 奴が、俺を救ったみたいに。


 苦しくない呼吸の仕方が分かれば、酸欠から解放される。

 生きて行くということは、それの繰り返しなのかもしれない。苦しくない呼吸を覚えて、慣れてきたらより楽な呼吸の仕方を覚える。ずっと、繰り返し、自分の救い方を学び続ける。


 夜の砂浜で、ここからは俺だけが生きて行くのだと知った。奴と一緒には生きて行けないのだと。

 そのときの絶望を胸に抱えながら、苦しくない息の仕方を覚える。

 そうしなければ、溺れ死んでしまうから。


「帰るか?」

「うん。そろそろ昼休み終わるし」

「いや、俺の家に」

「……うん。って、え、いいの?」

「こないだ、変なこと言って悪かった」

「え? いやいや、どう考えてもおれが悪かったでしょ」


 奴から離れて、俺だけが、俺だけの人生を歩いていくのだと知った。

 それは間違いなく喪失だった。失くしたのだ。確かに、そうだった。

 香澄かすみさんの言葉が思い出される。


 ――すべてを、持っては行けないのよ。


 すべてを持って行きたかった。そうでなければすべてを置いて行きたかった。

 どちらもできない。なにを持って行って、なにを置いて行くのかさえ選べない。


 それでも、もう分かる。手放すべきものがある。

 この孤独とともには行けない。

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