後始末
事態はすぐに、兄に知られることとなった。
というか、ぼろぼろになった私の顔を見て誤魔化せないことを悟ったふみくんが知らせることを決めたのだ。
一人で図書館に行く、と真っ赤な嘘を付いて出て来たのだった。病院に行ったことも、ふみくんがいることも、新矢が来ていることも知らない。
段階を踏んでいくつものクッションを設けた。
まず、帰るからそのまま家にいてほしい旨を私がメールして、ついでにふみくんも家に行くことを伝える。次にふみくんが大まかな事情をメールし、一緒に新矢がいることを伝える。
予想通り、私に電話がかかって来た。スマホをふみくんに渡して詳細な事情を話してもらい、最後に私が兄と話す。
大丈夫なんだなと何度も聞かれ、その度に大丈夫だと返した。
全部私が頼んだことだから絶対に二人に怒らないで私だけ怒って絶対絶対絶対だからね。
繰り返し念を押したのが功を奏したのか。
帰宅した私の顔を見ても、兄は二人を強くにらみつける程度に収めた。
「次やったら縁切るからな」
そんなことも言ったけれど。
二週間の滞在を終えて、帰るのは明後日の予定だった。けれど急遽来てくれた新矢を兄が送るついでに、私も帰ることにした。
荷物をまとめていると、部屋に母が入って来た。なにかを言おうとしていて、しかし言葉が出ないようだった。私が話しかけた。
「いろいろ、ありがとうね。ご飯美味しかった。懐かしかった」
「涼花。わたし、」
母の言いたいことは分かっていた。被せるように、質問を投げかける。
「お母さん、私のこと、愛してた?」
ずるい問いだ。思ったけれど、お母さんだってずるいのだからおあいこだろうとも思う。
母は、不意打ちをされたみたいに戸惑っていた。
言い淀んで、その間に答えを探しているようだった。
即答できない――その迷いさえ、その沈黙さえ、誠実に思えるのは間違っているだろうか。
私は、答えが返る前に言った。
「お母さんのこと、好きだよ」
数えるほどだけれど、兄に「母親のこと、好きか」と聞かれたことがある。
私はぼんやりと考えながら、嫌いじゃないと言う意味で「好きだよ」と答えて来た。幼いころの記憶は感情の思い出が薄くて、好き『だった』、というのが正しい表現であるように思っていた。
しかし、ここに来て思い出したことがある。
電気を消して暗闇になったあと、私の布団に母が来た。眠っていることを確認していたのだと思う。私は、なんだか後ろめたくて、寝ている振りをした。そのあと、母は私の額を撫でた。
母だって、私を大切にしてくれた。
「でも、私はお兄ちゃんの妹だから」
連れ出してくれたのは兄だった。すべてをなげうって、私のための暗闇をくれた。
なにがどうあっても、それは確かに兄が、くれたのだ。
「だから、帰るね」
ここにはいられない。
母は、名残惜しそうにまたおいでと言った。でも、もう来ないのだと思った。多分、大きな用事がない限り来ない。私も、兄も。
必要なものは、あの『円』の形をした2DKに、すべて揃っているのだから。
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