第5章 坂田史宏③
距離感がバグってる
「台風来てるんだって」
皿洗いをしながら背中で聞いた。
「ふうん、いつ」
「明日? 明後日? くらい。ここってそういう備蓄とかあんの?」
「ない。そもそもが仮住まいだからな。なにか買っておくか……」
「昼の散歩がてらスーパーには行くけど」
「ああ、じゃあ買って来てくれ」
あまりに平和な日常だ。
どういうわけか、趣里を暮らすのにそれほど抵抗を覚えない。
奴と暮らした経験が寛容を生むのか、たまに小競り合いはあっても決定的な喧嘩をするようなこともなく、作ってくれる食事はうまいし、衛生観念も元々そうずれていないし、イビキもうるさくない。
近い未来についての会話をしながら、内心で頭を抱える。夏祭りのときの自分を思い出す。
喋りすぎたのだ。懐に入りすぎたし、入れすぎたのだ。
このままではいけない。
奴との関係もこんな始まりだった。いつのまにか警戒心は解かれて、手の届く範囲にまで近づいて。その距離に違和感も覚えなくなって。そうして。
取返しがつかないほど近く、大事になって。
「なあ、お前いつまでここにいるんだ」
部屋に転がり込んでから二週間ほどにもなる。最初こそ、部屋を探すと言っていたものの、最近はとんと聞かない。
「許されてるあいだは? 逆に、
「……まだ決めてない」
「ああ、きょう
自分で聞け、とため息交じりに言っても、趣里は笑顔を崩さない。
嫌な予感がしている。
本来は得体の知れないこの男と、こんな日常を続けていることに。
安寧も。親近も。
あらゆることが、もうまっぴらだった。
「お前は、なんで俺に執着するんだ」
皿洗いを終えて振り返れば、テレビからこちらに視線を移した趣里が言う。
半分ため息まじり、いっそ呆れたように。
「おれが執着してるんじゃなくて、史宏くんが許してんの。自覚ある? 自分の距離感がバグってんの」
「……別に、バグってはないだろ」
「香澄さんに聞いてみ」
得意げに笑ってそんなことを言う。
聞くところによると、趣里は香澄さんに連絡先を教えてもらい、度々話しているという。
いつのまに、そんなに仲良くなったんだ。
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