さよならの足跡①
祭りは今年で七十周年らしい。
会場となる神社入口の大きな看板にそう書かれていた。だからだろうか、客も店も人出が多く相当賑わっていた。
「史宏くんってこういう出店なにが好き? おれはイカ焼きかな、こういうときじゃなきゃ見ないもんね」
「おい、後にしろ」
三十メートル向こうにあるイカ焼きの屋台へ行こうとする趣里の襟元を掴む。
「しょっぱなから見失うのはまずい」
「え、真面目にやるつもりあるんだ? いい子なんでしょ、二人にしてあげたら良くない?」
「一応の警備っぽいことはやる」
浮かれたヤンキーくらいこの町にもいる。
「へえ。まあいいけど。で? どこいる?」
十メートル先、鳥居近くの木の下でスマホを見ている青年を示す。半袖半ズボンにサンダルの夏の装いだった。
「あれが新矢くん? おっきい子だねえ。史宏くんと張るんじゃない?」
豊田によると待ち合わせは五時らしい。彼は四時半から同じ場所にいる。
しばらく見ていると、新矢くんが反応した。視線の先には涼花がいる。
俺は近くにあった低木の陰に隠れる。趣里は顔が割れていないので堂々と様子を見ている。
「あの子が涼花ちゃん。きれいな子だねえ背も高い。お似合いだ。……ていうか史宏くん、無理があるよ」
「あ?」
趣里はTシャツの胸ポケットに突っ込んでいたサングラスを俺に渡した。
仕事で目を酷使するので光に弱く、いつも持ち歩いているらしい。
「どっちにも顔知られてんだから、ちょっと変装くらいしな。意味あるか分かんないけど」
ありがたく拝借する。似合ってる似合ってる、とはやし立てられる。
涼花と新矢くんが通過するのを待って、木の陰から出る。
「進む? おれイカ焼き買ってくんね。他なんか食べたいのある?」
「たこ焼き」
「たこ焼き好き?」
「たこなんて普段食わないからな」
オッケー、と言い置いて趣里はイカ焼きの屋台に走って行った。
涼花と新矢くんを遠目に見つつ、適当な距離を置いて歩いていく。
新矢くんは長身のお陰で集団より頭一つ抜きんでていて分かりやすい。楽しそうに話しながら連れ立って歩くさまは微笑ましかった。
俺も来たことがあるらしい。
香澄さんの言葉を受けて少しは思い出そうとしてみたが、大学三年の夏に藤枝と高山と四人で来たことしか思い出せない。
会場はこの神社だったか。なにを食べてなにを話したか。どんな柄の浴衣を着たか。
奴は、どんな風に笑ったか。
「ほい、たこ焼き。史宏くんこういうとき見つけやすくていいね。頭が出てるよ」
イカ焼きを食べながらたこ焼きを持った趣里が隣に立った。恐らくまだ熱いので袋を受け取ったまま提げる。
「いる? いるいる。可愛いなあ苺飴食べてる。青春だよね、おれも高校のとき彼女と来たなあこういう夏祭り」
「へえ、高校のときのこと覚えてるのか」
「来たなってことくらいね。正直どの彼女だったかわっかんね」
「あー、お前はそういう感じっぽい」
「軽薄って思った? 違うから、軽薄はあっち! 三カ月とかで振られんのおれが!」
動きからして、新矢くんの服の裾を掴んでいるようだ。新矢くんも涼花を振り返りながら歩いているし、大丈夫だろう。あのでかさの男に絡むようなやつもそうそういない気がする。
涼花の表情をどうにか見るが、不安そうな感じはない。
「大丈夫そうだな」
「おれ次買ってくんね。はしまきっておれの地元になかったから味知りたい」
早々にイカ焼きを食べ終え、また流れから外れて出店へと行った。
一緒に暮らすと如実に分かるが、趣里は食に対するアンテナが高い。知らない食べ物には基本的に挑戦したくなるらしく、コンビニのフェアなどをよくチェックしている。
はしまき。どんな味だったか。
考えて視線を上に向けた、そのときだった。
――奴がいた。
折り返し地点の奥にはステージがあり、地元の歌手が歌うその後ろではモニターが映像を映している。
七十周年記念。これまでの夏祭りの画像が動画に仕立てられて流れていく。
そこにいた。見つけてしまった。西川香月の姿を。
昔に来たときの写真だった。四人で並んで、そういえば撮られた気がする。PRに使いたいから一枚撮らせてくれないかと、そう言われて。
祭りを撮っていたカメラマンに、四人並んだところを撮られた。
藤枝のいつもの要望通り、高山と奴の間に藤枝。奴のとなりには俺がいて。笑っている。俺の笑顔はぎこちない。高山と藤枝は爽やかに笑んでいて。
西川は――その透過の笑みを、たたえていた。
そうだ。こんな笑い方を、していたんだった。
ずっと忘れていた。画像は、記憶よりずっと明瞭だ。
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