ファミレス


 無職である。暇なのは否定しない。


 豊田が指定したのは大学近くのファミレスだった。新矢くんと昼食をとる約束を取り付けたのだという。


 俺は豊田が座るテーブルから少し離れた席に陣取っている。要は対象の顔を覚えろということだった。涼花の顔は知っているのだからそれでいい気はするが、駄目らしい。


 やがて、半そでのワイシャツに黒のスラックスという、どこにでもある夏の学生服に身を包んだ高校生らしき人物が入店した。徳総とくそう大学の紙袋を持っている。


 人は見かけで判断できるものではないが、ふうん、と思った。


 きれいに刈り上げられた襟足。校則に触れない程度にセットされた髪。制服のシャツにはきちんとアイロンがかけられていて、なかなかの好青年に見える。

 夏の、制汗剤のCMに出てきそうだ。


 彼は店内を見まわし、案内に来た店員に笑顔でことわって、豊田のいるテーブルに向かった。


「お待たせしてすみません」

「おう。……腹減ったろ、好きなもん食え」


 拭えないお兄ちゃんの優しさが滲んでいるが、いいのだろうか。


 聞き耳を立てる。注文を終えて沈黙が広がる。普段から豊田が接触を避けているらしいから、共通の話題などないのだろう。あるとしたら涼花だが、それは悪手だ。

 切り出したのは新矢くんだった。


「あの、お兄さん、明日は」

「おにいさん!?」


 初手でオーバーキルだ。

 豊田は泡を吹いて倒れた。新矢くんがとても戸惑っている。いままで呼ばれたことがなかったのだろうか。


 見かねて席を立つ。豊田を押し込む形でソファに座った。

 友人の兄の奇行と、知らない男の登場に新矢くんは怯えている。かわいそうだ。


「どうも、坂田と言って……」

「あ、写真の」

「写真? ああ」


 インスタの写真だろう。採用にならなかった浴衣の写真を自分で撮っていた。背景に俺が映っていて、アップしてもいいかと確認されたのでなにも考えずオーケーを出したのだ。


「あ、えっと、坂田さん」

「そう。豊田の友達」

「新矢優路ゆうじです。やさしいに、道路のろで、ちょっと読みにくいんですけど」

「へえ、優路くん」


 豊田を見るとなんとか回復していた。

 俺を指して、紹介してくれる。


「おれの友達で、涼花の保護者」

「おい、いつから保護者になった」

「保護者」


 頑として引く気はないらしい。


「坂田さんは、なにをされている方なんですか」

「今は無職」

「無職。……主夫とかではなくて」

「結婚してないからな」

「えっ」

「えっ?」

「お子さんを……」

「なに坂田、隠し子いたん」


 確かに写真のとき、俺は一香を抱いていた。


「友人のお子さん。俺の子ではなく」

「……あの、涼花さんの保護者っていうのは」

「あー」


 なにをどこまで言っていいのか判断がつかない。ちらりと豊田を見ると、俺の介入により緊張の糸が切れたのか、メニューに記載されたまちがいさがしをやっていた。

 目を離さないままに応えた。


「いいよなんでも言って」

「豊田たちがこっちにいたときからの知り合いで、引っ越してからもちょいちょい連絡をとったり……涼花が小学生のときからの古い付き合いだから、涼花も慣れてるってだけだ」


 ああ、と新矢くんは納得した様子だった。なんだか安心したようにも見える。

 あからさまだが指摘しないほうがいいか、と思ったが豊田が口をはさんだ。


「涼花が警戒してない男がいるから何かと思った?」


 店員が料理を運んできた。

 いったん会話が途切れ、皿を受け取り流す。そのままうやむやにしても良かったろうに、新矢くんはまっすぐ豊田を見て返答をした。


「はい。気になりました。年上で背も高くて大人で、涼花さんも自然体に見えたから、すごく」

「聞いたことなかったけどさあ、好きなん?」

「……好きです」


 店員は気を使って、俺の注文もこちらに運んでくれた。目の前に塩サバ定食があるが、食べていい雰囲気ではない。


 俺からすれば微笑ましい限りだが、豊田のほうはそうもいかないのだろう。

 それこそ娘のように大切に、傷ついた心がこれ以上損なわれないようにと祈りながら育ててきたのだ。


 豊田は新矢くんから視線を外し手元をじっと見てしばらく考えたあと、絞り出すようにやっと言葉を話した。


「……おれはなにも言えない。決めんのは涼花だから」

「はい」

「ただ、粗雑に扱いやがったら殺してでも遠ざける」

「はい。もちろんしません」


 まっすぐ放たれたその言葉を聞き終えて、豊田は席を立った。トイレへと消えた背中を見送ってから、俺は定食にありつく。


「冷める前に食いな」


 促すが、新矢くんは食事が喉を通る心境ではないようだ。はいと返事をしながらも、手を付けない。


「あいつが普段、どんな態度なのかは知らないが」


 トイレのほうを確認する。まだ出てこない。用を足しに行ったわけではないのだろう。


「本当に新矢くんを認めてないなら、涼花に近寄らせてないから。大丈夫だ」

「……はい。分かります。本当は優しいひとだって分かります。家族が出かけてて夕飯ないって話したら、食べて行けっていつも言ってくれるんです」


 それは少し意外な話だ。俺が思っているより気に入っているのかもしれない。新矢くんは表情をほころばせて、話を続けてくれた。


「すごく美味しいんですよ、お兄さんの作ったごはん。ご存じですか?」

「え、豊田が作んの? あいつ料理できんの?」

「はい、お上手です。涼花さんが小さいころにまずいまずいって泣いたから練習したんだ、って言ってました」

「おれってば案外器用なんよね」


 トイレから帰って来た豊田は目が少しだけ赤い。豊田はひとつ、大きく息を吐いて新矢くんに言った。


「明日、よろしくな」

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