夏祭りに行かされる


 豊田とよたがやってきたのは、その翌日の夜のことだった。

 まだ七時なのに酒でも飲んだのかすでにぐずぐずで、チャイムすら押さずに玄関扉に取りすがった。


 音を聞きつけて玄関を開けたのは間の悪いことに趣里しゅりで、初対面のふたりはしばし固まったのち、そろって玄関から俺を見た。


 気が合いそうなのでふたりきりにさせたい。相手をしたくない。面倒くさい。そういうわけにもいかないので、冷蔵庫にあったボトル入りの水をテーブルに置いた。


「涼花が夏祭り行くんだってえ」

「知ってる。ていうかお兄ちゃんに許可貰ったって言ってたぞ」

「行くなって言えないじゃん」

「うんうんそうだよね、そうだよ史宏くん、言えないよ。そんな束縛彼氏みたいなこと」

「しかも浴衣着るらしい。なあ、坂田さんよお」

「香澄さん……知人の趣味が炸裂した」

「涼花から聞いたよ。お世話になりました。しかしまず写真をくださいよ」

「へえ、おれも見たい」

「俺が撮ってるわけないだろ。涼花が自分で撮ってインスタにあげてたぞ」

「涼花のアカウント鍵なんだよ、おれフォローさせてもらえてないんだもん!」


 うるさいのが二人になるとうるささは三倍になるらしい。趣里の作った夕飯を食べながら現実逃避に窓のそとを見た。田舎だからか、星がきれいだった。


 夕飯は親子丼と味噌汁で、いつのまにか導入された親子鍋で一人前ずつつくる本格的なものだった。出汁は出来合いだから簡易版だよ、と言っていたが十分に手が込んでいる。


 趣里はそれを半人前新しく作り、豊田の前に置いた。味噌汁もつけている。

 ひとくち食べた豊田は尊敬のまなざしで趣里を見、あれやこれやと質問攻めにする。ラインを交換しろ。


「一緒に行く男ってアラヤクンだろ? いいんじゃねえの、別に」

新矢あらやだからいいけど新矢だからいやなんだよ~」

「つまりつまり?」

「あのね趣里さん。おれの全然知らんやつなら行くのやめとけって言えるしそもそも涼花も行かない。でも新矢だから、やめとけって言うとおれの我がままみたいになるし涼花も行かないってならない」

「涼花だって高二だし警戒心は人一倍、アラヤクンも中学からの同級で事情も知ってる、これ以上の同行者ないだろ」

「だぁからいやなんだよ! どうすんのまかり間違っていい感じの雰囲気になったら!」

「高校生か~。青春だね」

「そんなに心配なら一緒に行けばいいんじゃないか? 離れて見守るとか。バレたら嫌われるだろうが」

「おれは仕事で明日の夜には帰んないといけないわけ。と、いうわけで!」


 テーブルに置かれたのは夏祭りのフライヤー。近所のスーパーに大量に置かれていた。


「行って来てくんない?」

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