第3章 坂田史宏②

そこにはなにがあったっけ


史宏ふみひろさん」


 運転席で桝月ますづきさんが呼びかける。涼花を家に送り届け、俺は飲み会の場となる焼肉屋の最寄りまで送ってもらうところだった。

 対向車のライトが車内を照らす。懐かしい光景だった。


香澄かすみさんから聞きました。大変でしたね、お仕事先」


 高校生だったあのころ、桝月さんとさまざまな話をした。

 いつだって彼女が話題を振ってくれて、饒舌でない俺は一言二言返し、それを膨らませてまたこちらに返してくれていた。


「大変は大変でしたけど。結構なブラックで転職の暇もなかったんで、潰れてくれて良かったと思うことにしてます」

「しばらくゆっくりしてください。なんなら西川の会社で雇ってもいいけどって香澄さんはおっしゃってましたよ」

「それはちょっと」

「ふふ、さっちゃんは嫌がるでしょうけど、ともおっしゃってました」

千愛ちさとちゃんはお元気ですか」

「元気も元気。中学生です。反抗期ですよ。早いですね」


 見知った街並みに入って来た。大学時代に何度も通ったはずだが、やはり当時のままとはいかない。


「あの角、取り壊したんですね」

「結構前に。その後が決まらないみたいですね」

「なにがあったんだっけ」

「なんでしたかねえ、ああ、大きいスーパーがありましたよ、確か」


 そうでしたっけ、と返す。答えを教えてもらってもぴんと来ない。スーパーがあった光景を思い出せない。

 俺の海馬は煮崩れてしまっているのかもしれないと、思う。

 ここを離れてしまったからだろうか。

 多忙を極めた社会人生活のせいか。


 道しるべを失ったみたいに、どこを探せばなにが見つかるのかも分からない。

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