高円寺姉妹
「おれって高円寺姉妹に憧れててさ」
テレビに出ている女性お笑いコンビを見ながら、趣里はそんなことを言った。部屋に泊まり始めて三日目の朝だった。
朝食はスタンダードな和食。湯気の立つ白米に鮭の味噌漬け、作り置きの煮物に味噌汁。いつのまにか漬物まで仕込んでいるのだから手が込んでいる。
趣里の作る食事はどれも美味しくて、はずれたことがない。
同じくテレビを見ながら、へえ、と返す。オレンジのドレスを着た女性が二人で歌っていた。歌唱デュオに見えるが芸人らしい。
「いいよね高円寺姉妹。あの穏やかで嫋やかな雰囲気。ふんわり優しくてちょっとだけ田舎感なの。まさに実家のような安心感」
「ふうん」
「あの二人がお隣さんっていうのもいいよなあ」
「お前もせめて隣に引っ越したらどうだ」
「隣空いてないじゃん。おれだって香澄さんに聞いてみたんだよ。隣じゃなくていいからこのマンションの部屋どこか空いてないかって。空いてないってえ、残念」
全然残念じゃなさそうに言う。
「高円寺姉妹だって最初は同居してたんだよ。ミキさんがお姉さんの部屋に押しかけて、連泊して、もう住めばいいじゃないって。そのうち隣が空いたからお隣さんになったの」
「まさかこの状況と関係がある話じゃないよな」
「それでいくとおれがミキさんだね。ねえお姉さん」
「お姉さんじゃねえ」
彼女たちがしていた中継が終わり、天気予報に切り替わった。
きょうは晴れだとキャスターが言う。なら、布団でも干すか。趣里の布団も買ったそのままを敷いたから、一度洗ってやろう。
「史宏くんはさあ」
「なに」
「優しいよね」
いつか聞いたセリフだった。なにかが舞い上がりかけて、実体のないまま沈んでいく。
思わず笑ってしまう。
その透過の声も、生まれたはずの美しい表情も、ピントが合わない。もう思い出せない。
それでもいいと、思えないから。
俺は帰って来たのだと思う。
趣里は言った。預言には程遠かった。
「あれ以上愛されることがもう一生ないなんて、そんなことはないよ。史宏くんならさ」
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