友人?


 結局、趣里を伴って帰宅した。


「冷蔵庫借りまーす。うっわ、なんもない。予想通り」


 いったん香澄さんのマンションに帰らなければならないと言ったら、ここで待っているというので置いて行った。ら、戻った時には両手に買い物袋を持っていた。


 料理が得意らしい、というのは前に聞いていた。


 趣里とは公園のベンチで話す仲だったのだが、持参する弁当はいつも自作で、しかも物珍しい献立だった。

 うまくできたので食え、といくつか味見させられたことがあるのだが、どれも美味しかった。出来立てを食べてみたいとひそかに思っていたので、すこし楽しみではある。


 それはそうとして。


「少し話すだけだった俺に、よくこんなことできるな」

「えっ、それは史宏ふみひろくんが言うことじゃないと思うけど」

「……?」

「泊めちゃダメだよ、少し話すだけだったおれを」

「…………出ていくって言ったか?」

「いやいや、野宿は無理」


 考えることを放棄した。言動が謎だ。


 作ったのはなにやら角切り野菜のサラダと、グラタンのようなものだった。


「チョバンサラタスとムサカ。簡単版だからちょっとちがうけど。美味しいと思うよ」


 知らない料理名を復唱もできなかった。半信半疑ながら口に入れる。


「うまい」

「でっしょ。へへ」


 サラダはレモンが効いてさっぱりしている。

 グラタンはグラタンではなかったようで、チーズの下にはぎっしりと肉の入ったミートソースが敷かれていて、さらに奥からは茄子が出てきた。


 対面で食事をしている趣里が恭しく差し出したのは、名刺だった。


「こちら身分証です」


 確かに『神谷趣里』と書かれている。


 IT系らしいがそれすら分からないカタカナの社名。ネットとパソコンがあればどこでも仕事ができる、と言っていた。

 一応ヒラではないようで、社名と名前の間には『主任』とあった。


 一緒に差し出されたのは運転免許証。住所を見ると確かにあの公園の至近距離だ。確かにまあ、嘘はないのだろう。

 免許証は返して、名刺は頂いておく。


 なんだかんだ言いつつも、やはり趣里は泊まるつもりらしい。俺も夏とはいえ外に放り出すつもりはない。

 豊田を泊めたときと同じように、シーツとタオルで寝床を作ってやる。


 ……布団を、買ったほうがいいのだろうか。俺にとっても仮住まいなのに?


 考えるのをやめてベッドに入った。電気を消すと、しばらく黙っていたはずの趣里が口を開いた。


「ね、史宏くんはなにしに帰ってきたの」


 息を吐く。別になんてことはない。


「特に。理由はねえよ。職探しと休暇を兼ねてる。結構ブラックだったんだ。少し休みたいし、新しいところはちゃんと探したい」

「ふうん」


 含みのある言い方だった。もう辞めてしまったらしいが、趣里はカウンセラーをしていたそうだ。話す雰囲気が柔らかく、俺はあの公園のベンチで、少々しゃべりすぎたのだ。


「逆にお前はなんで来たんだ」

「内緒」


 話すつもりはないようだった。

 俺はそういう星のもとに生まれたのだろうか。この強引さには覚えがあった。


「念のために聞いておくが」

「うん」

「俺と昔に会ってるか?」

「公園で会う前にってこと? ないない」

「俺の親族と知り合いだったりする?」

「しないしない」

「西川香月かづきを知っているか?」

「知らない知らない」

「……ならいい」


「西川香月って、言ってた『奴』?」


 答えずに目を瞑る。趣里もそれ以上話しかけては来なかった。


 眠る前。夢と現の狭間で、瞼の裏にいつも見る景色がある。


 奴がいる。


 遠くてよくは見えないが、人影があって、それはおそらく奴なのだと思う。

 俺の見る景色だから俺の認識と同じように、定まらない輪郭に縁どられ、永遠に失われた身体と声をもって、こちらに微笑みかけている。


 きっともう、近づいて来ることはない。


 俺を責めているのかも知れない。


 絶対にそんなことはないのに、そう思うしかないのだった。

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