再会②
豊田の実家は少し遠かった。
居酒屋を出たときには俺の家に泊まることが決定していて、勢いのまま酔っぱらった豊田を半ば背負って部屋に入れる。
そういえばいつもは涼花も一緒だから、こんなになるまで酔った豊田を見るのは初めてだ。
トイレに放り込んで、その間に寝室の床に寝床の準備をする。
まだ住み始めて二週間も経っていない。客用の布団などあるはずもなく、替えのシーツを床に敷いて、枕代わりのタオルと掛け布団代わりのバスタオルを置くだけだ。
夏で良かった。
帰還した豊田は言語になっていない礼を言いながら寝床にダイブした。寝支度なんてする気はないらしい。
「風呂は」
「いい……」
「明日の朝貸してやる」
「ありがてえー……」
同じくらい飲んだはずが、どういうわけか俺に酔いは回っていない。シャワーでも浴びてから寝るか。
豊田に確認だけしておく。
「いいのかこっちに泊まって。実家は待ってないのか」
うつ伏せだった豊田は俺と会話をするためか、ごそごそと仰向けになる。目線がこちらを向いた。
「いい、って言うかさあ」
そこから少し沈黙する。考えるように目線が動いて、またこちらを捉えた。
「おれやっぱ母親と合わねえんだよなあ。すぐ喧嘩になる。言うことひとつひとつが気に食わない。無理」
母親、父親と豊田は言う。高校時代はそうではなかった。母さん、親父、と呼んでいた。その距離が離れたのは考えるまでもなく卒業からの数年で。他人行儀な響きがあった。役職で呼んでいるような。
決して愛称ではない。
「連絡はしてるから、探されるようなことはねえよ」
「俺はしばらくここにいるから」
昔のことを思い出した。
母が死に、父が蒸発して一人暮らしとなっていた俺の家に、豊田は涼花を伴ってよく泊まりに来た。実父の暴力や、それを見せることから涼花を離すためだ。
いつだってコンビニの袋をもっていて、中には二リットルの飲み物と賞味期限切れの弁当が入っていた。
食事をする金もなかった俺は、それがなによりありがたかった。
少し笑いながら、かつてのように言う。
「夏休みでもいつでも、来ていい。昔みたいに。涼花と一緒に」
交換条件だった。少なくとも豊田はそう思っていたはずだ。
けれど十年が経ったいまでは、そんなものはなくていい。
大人になるんだよと、高校卒業を目前にした豊田は言った。
成人になって学生身分を返上すれば、できることが格段に増える。涼花を守れる。そんな希望に縋る言葉だった。
そうして大人になった二十七の俺たちには、できることと、しなければならないことがあるはずだった。
高校生のこどもを守ることは、しなければならないこと、に入るのだろう。
「……ありがとうな」
それだけを聞いて、俺はバスルームに向かう。寝支度を整えて寝室に戻ったころには、豊田はすっかり寝入っていた。
翌朝、二日酔いに顔をしかめながら、豊田は帰っていった。
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