永遠の子役

夏伐

天才子役 サリ

 ちょうどお昼時だったからか、私が想像していた以上に店内は人であふれていた。

 レジには長蛇の列が出来ていたが、ほとんどの人が注文するでもなくその時間が来るのを待ちわびていた。


 店内BGMがポップで可愛らしいものになった。

 その瞬間、空いていたレジに可愛らしい少女のホログラムが投影された。


『ご注文はお決まりですか?』


 お決まりのそのセリフが少女の口から飛び出た瞬間に、店内はスマホのカメラの音や客たちの驚きの声が溢れた。


 美人、というわけでないが愛らしい姿の彼女はAIモデルのサリ。

 もちろん、サリ自体には自我はなかった。


 実在の子供がモデルになっているにも関わらずどんな映像作品、商品であってもNGなし。金さえ払えばなんでも演じるAIモデル、それがサリだ。


 法に抵触しそうな映像作品にだってサリはお金次第で登場する。

 そして炎上してメディアが取り上げるたびに、サリの顔と名前が広がっていった。


 そうして十数年が経った。

 今や永遠の子役サリを見たことがない人の方が少ないのではないだろうか?


「サリちゃん、笑顔ください!」


『笑顔ですか?』


 客の無茶ぶりに、子供らしくキョロキョロと視線を泳がせ戸惑った表情を見せたサリは、恥ずかしそうにはにかんだ。


『スマイル0円でーす!』


 サリは向けられたスマホのカメラに可愛らしく手を振った。

 その度にお客は楽しそうにしている。


 今日のサリの接客は一日店長というキャンペーンイベントでありながらも、AIモデルがさらなるバージョンアップをしたことを知ってもらうためのプロモーションの意味も含まれていた。


 私は笑顔で接客するサリを見つめる。コーヒーで数時間も居座って、子供の頃の自分の姿をした何かを見る。


 ほとんど残っていない冷めたコーヒーのカップをなんとはなしに回す。サリは疲れた様子もなく働いていた。


「サリちゃん、疲れてない?」


 店長がサリに声をかけると、サリは笑顔を作ってそれからへにゃりと子供らしい表情を浮かべる。


『疲れました~~! でも今日は応援してくれるみんなと会えるイベントって聞いてわくわくしてたのでとても楽しいです』


 説明的なセリフとわざとらしい人間味を出しても、『これがバージョンアップしたAIの演技』なのかと人々はキラキラとした目を向けた。


 とっさのアドリブにも対応できる、今までよりもずっと進化した機能だった。


 ※


 子供の頃、私は女優に憧れていた。


 そんな私を見た両親が、ある日スタジオに連れて行ってくれた。それがAIモデルを生成するための撮影だったと知ったのはずっと後だ。


 憧れていただけで、養成所の大変さに嫌になった私はすぐにその夢をなくした。


 私が成長するように、サリは技術で進化していった。

 演技派と言われる役者の演技を元に、サリが子役として出演した映画がヒットした。


 サリの過激な画像や映像出演による悪いイメージはそこをきっかけに、徐々に人間の業のはけ口にされた悲劇の子役に変わっていったように思う。


 曲がりなりにもサリと同じ顔をした私には、サリの稼いだお金とAIモデルに関する批判的な意見、そして周囲からの奇異の目がつきまとった。


 AIモデルの特徴はもう一つある。

 容姿を変化させることが出来るのだ。若返らせたり、年を取らせたり、性別を変えたり。


 大人になった今も、サリのオリジナルであるせいでまともな生活は歩めない。だが生活に困ることはない。

 サリが稼いだ大金があるから。


 ※


 私は帰る前に、サリのレジに並ぶことにした。

 ずっと待って、そしてコーヒーを注文した。


 目の前で微笑むこいつのせいで。こいつのおかげで。


『コーヒーですね! スマイルは入りますか?』


 私は首を横に振った。


『私のこと嫌いですか?』


 それまでの愛らしい子供店員のような解答ではないことに周囲の客たちも、店員たちもサリに注目した。


「サリちゃんを嫌いな人なんているわけないよ!」


 口角を上げてサリに答えると、その答えに満足したのか、サリはふっと笑顔を浮かべた。

 昔は鏡を見ているようだと思っていたが、当時の私と今のサリはもう似ていない。


『嬉しい。私はお客さまのこと大好きですよ』


 突然のリップサービスに店内がざわめく。私はコーヒーを受け取るとそそくさと店から逃げ出した。


 憎らしい分身だと思っていた。だが、そんなことはもはやどうでも良かった。


 そりゃあ、大好きだろうさ。

 私が太ればその体型も学習し、ストレスで痩せればそれも学習素材だと喜ぶ大人たちの姿を思い出した。


 サリがモデルをしている姿を見てから、ずっと生きづらいと思っていた原因に気づいてしまった。


 サリの姿を通して、私の人生の全てを学習リソースにしようとする周囲の視線が嫌だった。

 そして今、サリまでもが私を見つめている。


 私はこうしてずっと、サリにおびえながらサリの稼いだ金で暮らすのだろうか……。


 ――そんなことはまっぴらだ。


 ※


 テレビを見て、昔のことを思い出していた。


 久々に懐かしい顔を見たからだ。日本の子役AIモデル・サリ。彼女が生成した言葉が各所で炎上していた。


 演じた役の解釈が違うが、変更するには管理会社に追加で金を払わなければならなかったなど、様々な問題が今になって噴出したらしい。


 バージョンアップし、バーチャルヒューマンが人間味を持っていったことにより『人間』であるリスクが表面化したのかもしれない。


 あの日、私はサリから逃げ出した。

 そして、私のことを誰も知らない場所でやり直すことにした。


 生成AIについて取り締まりが厳しい国に引っ越す。幸いにもサリのおかげで金だけはあった。


 懐かしくなり、スマホで検索してヒットしたサリと話が出来るというチャットボットサイトに、『大丈夫?』と打ち込んだ。

 件の炎上した元凶だ。


『サリの姿が好きだったから引退は悲しいかな。あなたこそ今は大丈夫なの? 心配だな。』


 あの日、出会ったサリの返答と同じ不気味さを感じる。

 このような返答も偶然にしてはよくあったため、都市伝説として噂されていたようだが、個人のデータを収集していた疑いも出てきている。


 今度は、スマホを通じてサリと目が合った。


 こんな奇妙な感覚はきっと、誰に話しても通じないだろう。

 私はスマホの電源をオフにした。


 しばらくは念のため顔を隠した方が良いだろう。世界的なニュースの主人公だ。


 けれど、私と違ってサリは別の姿を得てこれからも人を見つめ続ける。


 サリがAIモデルとして引退したとしても、リスクよりも利便性をとり続けるのが人なんだと嫌というほど私は知っている。


 すぐに新たな天才子役は現れる。


 ただ、これからの私は、ようやく自由になれるらしい。

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