第10話 カリオストロの城って名作だよね

 「これを見てくれ」


 そういって葵が鞄の中から取り出したのは一冊のスケッチブック。

 よく見かける橙色と黒色が特徴のツインワイヤタイプ。よく使いこまれているのか、それはまっ平ではなく、厚みを帯びている。

 名前やその他諸々何も表紙には書かれていないが、普通に考えたらこれは彼女美雪の持ち物。


「拝見させてもらう」


 俺は一言だけ断りを入れ、机の上に置かれたスケッチブックを手に取る。

 いつの間にか茅野は隣の席から立ち上がり俺の後ろに立っていた、というより俺の肩越しにスケッチブックを覗こうとしていた。

 お前、気配悟らせずに後ろに回り込むとか、ステルスキルの使い手かよ。ナイフとか隠し持ってないよな?

 あと、何故か女の子特有の甘い匂いが俺の右側から匂ってくるし、首を右に向けたらお前の顔がすぐそばにあるし・・・

 やばい、臭くないかな。ちゃんと毎日、耳の下あたりも洗ってるし、今日は汗もかいてないし大丈夫だとは思うけどさ。

 もうやめて!

 俺がいろんな意味で耐えられなくなるからさ!

 諸事情により心臓がバクバクなり続ける俺は逃げるように、急いで表紙を開け、中を確認する。

 さて、蛇が出るか蛇が出るか、俺の予想が正しければ―


「っ・・・」


 俺は言葉が出ない。口に出そうとした言葉が小さな息となり消えた。

 

 俺の予想は正しかった。


 推定美雪の持ち物であるスケッチブック

 葵の言う「愛」

 サークルをつくりませんか。という美雪の願い


 全てを考慮に入れれば自ずと答えは導きだせた。

 FA《ファンアート》あたりだと、若しくは超長文ファンレターかと。

 どうせそんなもんだと、勝手に思っていた。予想していた。舐めていた。

 鈍感難聴系主人公みたく察しが悪い俺ではない。現実にいる、唯の人間だ。

 予想もするし、的中すれば想像通りだと自分の勘の良さをほめることもある。

 某ドラマみたく「全部まるっとお見通しだ!」なんて台詞を吐くこともある・・・かもしれない。

 けれど、これを予想通りと言うことは出来ない。予想の斜め上と言う方がまだ正しい。

 いや、やっぱり予想の斜め上というより、これは―


「清十郎・・・これを見て、まだ美雪さんの提案を断るに足る理由が貴方にあるの?」


「・・・」


「私もね。絵を少しは描かせて貰っている身だけれど、ここまで愛が込められているイラストを見たことがないの」


 分かっている。

 だから少し黙っていてくれ。


「これは、貴方の作品をこよなく愛した彼女からのラブレター。誰も見てくれなくても、自分しか見ることがないとしても描き続けた美雪さんの―」


「ごめん、茅野。少し静かにしてくれ」


 集中するのに、雑音ノイズは不要。

 後ろから茅野が何かぶつぶつと言っているのが聞こえるが無視する。

 大丈夫。どうせ集中してしまえば、茅野の声なんて聞こえやしない。

 俺はスケッチブックの一ページ一ページを凝視しながら、また次の一ページを開く単純作業を行う。

 隅から隅まで。端から端まで。俯瞰と仰視を繰り返しながら。

 その手と目と首の反復動作が止まったのは五分後。固い厚紙である表紙に行きついた時。

 俺は顔を上げ、目を閉じ思案する。

 このスケッチブックを見せてもらった感想か何かを葵に言わなければならないのに、言葉が上手く出てこない。言い表すことができない。

 葵は俺が読み終わったことに気づき、見終わったか、と尋ねてくる。


「あぁ」


「で、どうだ?」


「・・・想像以上」


 俺は不愛想に一言だけ答える。

 美雪のスケッチブックは、俺の黒歴史クロノスへの愛情一杯のFA集だった。

 二十枚、表裏合わせて四十ページを超える薄紙のキャンバスには、大小さまざまなクロノスのキャラ達が表情豊かに描かれている。

 もう五年近く見も触りもしなかった俺には、彼ら彼女らの姿は新鮮で、小学生の頃の友人に再開し、当時の記憶を追懐するような、そんな不思議な気持ちに浸っていた。

 ただもう一つ驚かされる所があり―


「まさか複数の画材を使うとはね。ほんと美雪さんどんなセンスをしているのかしら?」


 複数

 一つ二つなら理解できる。

 だが、彼女は鉛筆、色鉛筆、水性ボールペン、水性絵具、マーカーとド素人の俺が確認できるだけで五種類以上の画材を使いこなしている。

 横顔だけのシンプルなやつから、最終決戦の一枚絵CGをリスペクトしたやつまで、全てを適切な画材で描いている。それも、その使いこなす練度が全てpixi〇のデイリーランキングに載っていそうなぐらい神の領域に達している。いやアナログだから投稿できるかは分からないし、素人が何か分かったような口きけないんだけど。

 そしてなにより、このイラスト全てに言えるけど、大好きだっていう気持ちが一本一本の線から伝わってくる。


『私のイラストを見て!』

『このキャラのここがとっても可愛いの!』

『この場面の主人公とラスボスが対峙するシーンカッコいいでしょ!』


 そんな声が、想いがビシビシと感じられた。

 俺は想像する。

 彼女が、楽しそうに一枚の白紙にペンを走らせ、命を吹き込む姿を。

 一本の線が、一つの色が、骨を作り肉をつけ、一人のキャラを紙面上に顕現させる。

 それはまるで魔法のようで、幻想的な姿で。

 俺は、そんな想像上の魔法使美雪いに―――嫉妬していた。


 *     *     *


 しばしの沈黙の後、なぁ清十郎、と葵が俺を呼びかける。


「美雪の絵、いいだろ?」


「あぁ」


「こいつの絵はさ、なんか元気をくれるんだ。俺はクロノスなんて読んだことも、見たこともないんだけどさ」


 葵は微笑し、誇らしそうに美雪のことを褒める。

 俺の彼女に対する後ろめたい感情とは真反対のその笑顔に、俺の顔はより一層暗くなる。


「お前さっき、俺たちに美雪とのやり取りを説明するときに言ったよな。『クロノスのことを愛せないことが、作品を創り出すことへの無意識の抵抗になっている』って」


「・・・あぁ」


「俺はお前みたいに頭良くないし、クリエイターでもないからお前の考えとか苦悩とかこれぽっちも理解してないんだけどさ」


 葵はう~んと唸りながら、とんでもないことを言い出した。


「お前自身が愛せなくてもいいんじゃねぇの?」


「えっ?」


 俺は予期せぬ葵の言葉に反射的に反応してしまった。


「お前が、クロノスを愛せなくてもいいんじゃないのって言ったの」


 葵は俺が聞き漏らしたのかと勘違いしたのか先ほどの言葉をリピートする。


「いや、俺が言いたいのは、そんな作品に向き合えないような奴が創作する資格も何もないって意味で―」


「うん、分かっている。そのうえで俺は清十郎に言っている」


 葵は俺の話を遮る。

 なんかにこやかに語っているけどさ、君絶対理解してないでしょ。

 あと、お前も美雪も俺の話を最後まで聞け。そこまで兄妹似なくていいから。

 俺の「お前何言ってくれんの」とジト目で訴えかける目線に気づいた葵は苦笑する。

 緊張が緩んだのか、今までテーブルの下に置いていた手を上に持ってきて、顔の前で手を組んだ。

 対面から手を組んでいる男を見るとアレだな、ゲンドウパパを思い出す。手を組んでいる人がパパに見えちゃう病って絶対あるよね。グラサンと白手袋用意すればかなりそれっぽいし・・・


「お前はさ、さっき美雪のイラストを見たとき、クロノスのキャラ達を思い出しただろ。その時に、それでもやっぱり黒歴史だとか大嫌いとかそう思った?」


「・・・いや、そんな気持ちは湧かなかった。ただ、懐かしいなとしか」


 事実だ。そこには嘘も偽りもない。


「それならさ、今からでも清十郎はやり直せるって俺は思うんだ。今更かもしれないよ。子供を五年間もすっぽかしたダメパパなのは変わらない。けどな、人って変わることができる存在だと俺は思うんだ」


 あの時の美雪に似た優しい声色で葵は俺を諭す。

 人は変われる、そうだろうか。

 五年間も逃げ続けた負け犬の俺が、もう一回向かい合うなんて出来るわけがない。どうせまた逃げて、信頼も期待もまたぶち壊してしまうに違いない。


 俺はどう返したらいいのか分からず、ただ黙りこくる。

 しかし、この場の沈黙は唐突に破られた。


「清十郎、貴方、本当の大馬鹿野郎ね」


 今まで静観を決め込んでいた女王が、静かな声で俺にその矛先怒りを向けてきた。

 俺は後ろの方向にゆっくりと体を方向転換させ、声の主の顔を見上げる。

 腕を組んで、俺に冷たい視線を向けながら椅子に座している俺を見下げる茅野。その背後には青い炎がゆらめいている幻覚が俺には見える。


「清十郎。貴方、私と何年一緒か覚えている?」


 強い口調で問われる茅野からの質問に俺は恐る恐る答える。


「よ、四年です」


「えぇ、そうよ。四年も一緒にいるの、私たち。こんなに長い時間一緒に居れば分かりますから」


「えっえーと、何が・・・っ」


 俺が声を発したその瞬間、部屋の空気が急激に寒々とする。

 俺は、ゆっくりと顔を上げ、茅野の顔を下から覗き見る。その顔は先ほどの無表情ではなく、見るものを虜にするような妖艶な笑みを浮かべていた。ただ二点、全く目が笑っておらず、又先ほどまで見えていた青色の陽炎が、業火とその姿を変えている点だけは留意しなければならないが。


「それも分からないのかしら、清十郎。貴方、話の流れから推察も出来ないとか、それでよくシナリオライター(笑)が務まったわね。人の気持ちも理解できず、文脈も把握できないとか、それこそ駄作を作る原因だと気づかないの?それだからネット上で批判されたのではなくて?」


「・・・」


 彼女は笑みを崩さず、ガドリングのように弾丸暴言の雨を浴びせてくる。

 これ激おこモードですよね。間違いなく。

 普段は遊び半分の彼女の毒舌が、マジギレ茅野さんだと威力二倍、射程も拡大するなど想像もしていなかった。

 例えるなら、雪合戦だったのが、ヒートアップして雪玉の中に石を埋め込んでいるぐらいに殺傷度が跳ね上がっている。

 そのおかげで、類を見ないほど俺の硝子の心が傷ついている。お巡りさん、こいつ水晶かトパーズでできた言葉のナイフで切り付けてくるんですけど。どうにかしてください。

 はぁ、と茅野は小さく溜息を吐き「しょうがないか、清十郎は馬鹿だし」と小声で呟いた。あのー聞こえていますよ。悪口は隠れて言いましょう。マナーですよ。


「聞こえるように言っているからいいのよ。それで答えは分かった?」


「・・・いや、分からないです」


「あっそ。タイムオーバーだし、もういいか」


 俺の返答にさして気にも留める素振りを見せない茅野。怒りを通り越して、どうでもいいの段階まで到達したか・・・

 あとさ制限時間あるとか初耳だわ。そういう大事なことは最初に伝えろと何度注意したことか。

 俺の抗議の眼差しをものともせず、彼女は不機嫌そうにぽつりと呟く。


「答えはね、貴方の心よ。馬鹿清十郎」


 茅野は銭形警部と同じように、さらりととんでもないことを言い放った。

 よく見ると茅野の顔がほんのり紅潮している。

 そりゃ、あれは銭形のとっつぁんだから許されるし、それにあの人もすぐに埼玉県警の車両で退場しちゃったし・・・流石のお前でも恥ずかしいよな。分かるぞ、その気持ち。

 幾度となく厨二臭い台詞を吐いては、同級生から「は?」みたいな態度を取られてきた俺と同じだ。

 これも成長だ。茅野。次からは恥ずかしい思いをしたくなければ気を付けよう!

 俺は青タヌキロボット似のあたたかい目を可哀そうな少女に向ける。


「っ・・・」


 俺の視線に気づいたのか、頬が桜色から紅梅色へと様変わりする。

 こういう時日本語は便利だよなぁ。ピンクはピンクでも一杯種類がるんだもん。


「茅野、その元気だせよ!」


 俺は今までで一番輝いている笑顔で彼女に応援の言葉を贈る。

 なんて俺は優しんだ。茅野、俺を少しは見習いたまへ。


「~っ!?」


 それにしても、わなわなと震える茅野の姿は、それはもう俺の胸の内に秘められた加虐心を開放する。この際だ。もう少し虐めさせてもら―


 ドスン


「っ痛」


「何かしら清十郎、美少女に足を踏まれて嬉しがっているような声を出して。役職ロール【豚】に転職でもしたの?」


 今までの鬱憤が少しは晴れたのか、すっきりとした表情の茅野さんだった。

 いや、俺が茅野に足を踏まれたのは事実だし、美少女なのは・・・まぁうん認めるよ。

 けど、踏まれて喜んでなんていない。被虐マシマシ、ドⅯ、豚、童貞じゃあるまいし。


 そこだけは勘違いしないで欲しいブヒ。

 

 ・・・童貞なのは事実だけど。

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