第4話「早柚川鈴香」
「なぁ、早柚川の噂聞いた?」
「あの君川先輩の告白断ったってやつ?」
「そうそう!今まで君川先輩が告白断ってたのも早柚川一筋で断ってたんだってさ」
「一途なイケメンとか最高じゃない!それを断るとか何様のつもりなんだろうね?」
「孤高のお姫様気取りじゃない?」
「お姫様なら
「可愛いもんね〜けど一年の久保山って子と付き合ってるんだってさ」
「それもあって早柚川みたいな子が調子に乗るんだろうね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「俺と付き合ってください……早柚川さん!」
「……ごめんなさい」
「なんで?!俺は……!」
「あなたが私をどう想ってるのかは今のあなたを見ればわかる。けど私は?あなたは“私があなたをどう見てるか”を考えてくれてるの?」
「それは……」
「あなたにとってはどうか分からない。けど私にとって告白は“想い合う二人が関係性に名前をつける”為のものなんだ。だからお互いに何も知らない私たちの関係は“クラスメイト”のままなの。だから……ごめんなさい」
「……っ!」
走り去る男子生徒の背中を見つめていた女子生徒はは軽く膝を振るわせながら近くのベンチまで歩き力無く座り込んだ
「お疲れ様……鈴香」
「アシュリ〜もう今月で4回目だよぉ〜……もうやだぁ〜」
「よしよし……怖かったねぇ」
座り込む女生徒、早柚川鈴香の頭を撫でるのは「菊池アシュリー」日米のハーフの父を持ついわゆるクォーターであり、早柚川が信頼を寄せる数少ない人間の一人である
「うわ〜んアシュリ〜〜」
「よ〜しよ〜し、怖かったのはわかるけど彼女持ちに抱きつくのは極力遠慮してほしいなぁ〜」
「……グスッ」
そしてアシュリーは近隣の女子校に通う中学生と交際中の身であった。それを聞いている早柚川は滅多に抱きつかないのだが余程堪えたのだろう、思わずと言った感じでアシュリーに抱きついていた
「……よし!傷心の鈴香のために、アシュリーさんが人肌脱いであげようじゃないか!……ってことでクレープ食べに行かない?」
「……食べる」
「晴香も一緒だけどいい?」
「……うん。呉島ちゃん、いい子だし大丈夫」
「よし!それじゃあ行こう!」
「ちょっ早っ……待ってよ〜!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「鈴ちゃん先輩!お久しぶりです!」
「呉島ちゃんも久しぶり〜またちょっと筋肉ついたんじゃない?」
「大会も近いので。それに私は男物を着るから服の心配なく鍛えられますので」
「私としては可愛い服を着てもいいと思うけどね?」
「可愛いのは……ほら、アシュリーの担当だから」
呉島晴香、アシュリーの彼女であり、167cmという中学2年生にしては大きめの身長の持ち主である。彼女が言う通り、少なくとも早柚川は晴香がスカートをはいているところを見たことがなかった。同年代の男子の大半が霞むほどのイケメンさ、そしてスタイルの良さ。遠目に見たらモデルかと見紛うほどであり、さらに男物をそつなく着こなしているものだから余計にイケメンさに磨きがかかっていた
「それで、今日はどこに行くの?」
「今日はクレープって思ったけど……大会って来週だったよね?」
「ちょっとぐらいなら大丈夫。今回は無差別級エキシビションマッチ1戦だけだし相手との体重差もほとんどないから」
「む、むさべつきゅう……呉島ちゃんは相変わらずすごいね」
「ちょっと待って?私、無差別級なんて聞いてないんだけど?」
「一応階級的には無差別だけど相手との体重差はないんだって。だから大丈夫」
「まさかと思うけどまた男の子と試合するわけじゃないよね?」
「…………」
「嘘でしょ?!またなの?!」
アシュリーの予測は当たっていた。以前少し上の階級に挑戦すると言っていた晴香の言葉を信じていたアシュリーだったが大会が終わった翌日、アシュリーのスマホに送られてきた写真に写っていたトロフィーには「男子中量級優勝」の文字があった。慌ててはるかに電話をすると「あれ、言ってなかったっけ?」とすっとぼけられたのだ。
「もうやめてって言ったよね?!」
「私も積極的に男子と試合したいわけじゃないよ?でもそもそも同年代の女の子が少ないし……私を怖がって同じトーナメントにでようとしないから試合しようってなるとどうしても男子とやるしかない場合がほとんどなんだよ」
「わたし呉島ちゃんが強いのは知ってたけどまさかここまで強いとは……呉島ちゃんはどうしてそこまでして強くなろうとするの?」
「アシュリーを守るためです。アシュリーは可愛いですからどんな奴に狙われるかわかりませんからね、たとえ屈強な男が相手だろうとこの拳で守り抜くことが出来るようにと」
「晴香……!」
先ほどまでの空気はどこへやら、甘い空気を放出し始めた二人からそっと目を逸らして手元のクレープを見つめ小さく齧るともっちりとした生地とホイップの甘さが口の中で絶妙なハーモニーを奏で、思わず頬が緩む。少し高めの新作クレープを買った甲斐があったと思うと同時に一気に食べるともったいない気がしてチビチビと食べることで長時間味わう作戦に移行。普段より少し小さく齧りながら食べていると横から視線を感じた
「……
「鈴ちゃん先輩、なんか……その……」
「鈴香、今のあんた完全にキャベツを頬張るモルモットよ」
「っ?!」
不覚…そう呟かざるを得なかった早柚川であった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おはよう鈴香」
「おはようございます、
「早柚川さんおはよ~」
「はい、おはようございます」
翌朝、教室へと登校した早柚川は昨日の放課後とは全く違う笑みを浮かべてアシュリーに挨拶を返した。他のクラスメートにも同様に挨拶をし座席に座るとブックカバーが付いた文庫本を取り出して読み始める。完全に本に集中している様子はこれ以上誰かに話しかけられないようにしているようにも取れた。
「なぁ、昨日堀のやつが早柚川に告って玉砕したらしいぜ」
「まぁ深窓の令嬢って感じだもんなぁ」
「……これで7人目だとさ。恋愛に興味がないのかねぇ」
事実、早柚川にとってクラス内の会話の大半は雑音であった。それなりのプロポーションと愛嬌のある顔立ちとしぐさは早柚川が幼い頃から多くの出来事を引き起こしていた。早柚川は普通に接しているつもりでも生来の距離の近さなどで男子を勘違いさせてしまい、そこから周囲の関係が拗れてしまうことが複数回あったのだ。それ以外でも早柚川の与り知らぬ場所で人間関係にヒビが入っていたりと様々なことが早柚川の周囲で起こり、いつしか早柚川は自分を押し殺して生きるようになった。
『堀くんのことは私が何とかしとく。だから鈴香は心配しなくていいからね』
『ありがとう』
ラインを見て僅かに頬を緩ませる早柚川。アシュリーと知り合うことが無ければとうに感情らしきものは消え、あたかも人形のように過ごしていただろうと早柚川自身も考えている。どんな噂が流れようと周囲に耳を貸さず早柚川を信じ続けたアシュリーには心から信頼を寄せ、厄介ごとに巻き込まれないようにと口数の少ない文学少女を演じるようになると以前のようなことは滅多に起こらなくなった
「なぁ堀、早柚川に告ったって本当なのか?」
「あぁうん。夏休みにさーあんなに可愛い子と思い出作れたりしたら最高じゃん?しかも誰にも靡かなかった子と俺だけが……って良くね?」
「何そのガチャ見たいな恋愛観は〜w」
しかし、高校生になり状況は芳しくない方に傾いていた。そこそこ可愛く、大人しいからという理由で軽い気持ちで告白されることが増えたのだ。それらを断ったことがきっかけで「早柚川鈴香」を攻略したというステータスを目当てに、或いは何人もの男の告白を断った女子に(少し)優しくされたことで勘違いして……など結果的に早柚川を敵対視する女子や、それに同調する男子が少なからず出てきているのだ。
彼らが表立って早柚川を攻撃しないようにアシュリーや仲のいいクラスメートが奔走しているがそれもどれくらい持つかわからない。また、ひと悶着ありそうな予感がした早柚川は本を読むふりをしながら一人の男子生徒を脳裏に思い浮かべた
『普通科1年、B組の大久保です。これからよろしくお願いします、早柚川センパイ』
あの時と変わらない無表情で、どこまでもまっすぐな目で早柚川を見つめる信頼できる男の子の友達。当の本人はあの時のことをさっぱり忘れているみたいだけどそれでも彼とアシュリーが居てくれれば「私」は「早柚川鈴香」でいられると微塵の不安もなくそう言い切れると早柚川は信じて疑わなかった
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